第23話 旧校舎での密談③

「ねえ松雪さん」


「なあに、烏丸くん」


「君は……烏天狗になりたいかい?」


「うーん、そうね。まだ分からないわ。だってそうなれるって今さっき知ったんだもの」


「そうだったね。しかも烏天狗になるには条件があるんだ。それは、人間を捨てる覚悟」


「人間を捨てる……覚悟」


 物を捨てるというならばともかく、人間を捨てるとはどういうことなのか良子にはわからなかった。元々自分のカテゴライズとして持っていて、でも形がなくて、捨て方など見当もつかない。


「具体的にはどのようなものなのかしら」


「そうだな、たとえば人間として生きるの辛いって人が人として生きるのを諦めた。つまり自殺してしまったんだ。自らを殺すほどのその行動が人間を捨てる覚悟と認められ、その人は無事烏天狗になれたという例は残ってるな。でも詳しくはまだ分からないんだ。」


「そう、なのね。それはそうよね。違う種族に体が作り替えられるのだからそう簡単にはいかないわよね」


 でも、飛び降りるくらいですむなら試してみる価値はあるのでは、などと小声でぼそぼそとつぶやいている良子を烏丸は見逃さなかった。


「松雪さん。松雪さんが仮に烏天狗になろうとして飛び降りしたとしても、俺は飛んで助けに行くからね」


 さっきよりもほんのもう少しちからを込めて烏丸は良子を抱きしめた。


「もう、そんなことしないわよ。だってあなたと両思いになれたのよ。ああ、でも家のことはどうしようかしら。私、一応婚約者がいて結婚する予定なのよ」


「その婚約者はいい人そう?」


 良子は最近の登校や学校での振る舞いを思い出した。そして出した結論は。


「か、烏丸くんの方がいい人よ。……絶対!」


「それは嬉しいな。ありがとう。やっぱり婚約のことや家のことは気になる?」


「ええ、とても。私がいきなりいなくなったらどんな手を使ってでも取り返しに来るでしょうね。戻るだなんて考えたくもない」


「じゃあ両親、婚約者とその両親、それに学校の生徒たち、松雪さんのこと知っているご近所さん。要はこの辺一帯に忘却の術をかけて君の記憶を消そう。それでどうかな。問題点としては、両親からも記憶を消すから、術をかけてしまったらもう二度と父親と母親に会えないってことがあるけど」


「それで大丈夫よ。どうせ自分の保身と利益しか考えていない人たちだもの。ここまで育ててもらったことは感謝しているけれどね」


それを聞いた烏丸はくくくっと笑った。


「いやあ、君、俺に頼むって決まってからずいぶん思い切りが良くなったね。これが本来の性格なのかもな」


「だって、これでようやく自分のために生きてよくなるのよ。楽しみで仕方がないじゃない」


 良子がこれから起こりうる楽しそうなことを考えていると、チャイムが鳴り響いた。時計を見ると今の時間はお昼休みに入ったところだった。


「こんなに授業に出なかったの初めて!」


「さすが優等生様だな」


「だって家じゃ勉強させてもらえないのだもの」


 良子は唇を少し尖らせて拗ねたように言った。


「後の授業はどうする?」


「私でたいわ」


「うん。じゃあ戻ろうか。教室に戻ったら忘却の術をかけて、松雪さんが授業中いなかったこと忘れさせちゃうね」


「ふふっ、ありがとう、烏丸くん」

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