第22話 旧校舎での密談②
適当な教室に入って机と椅子に積もった埃をどけると、人が座れるくらいにはなった。烏丸と良子はすぐ近くの席に座っている。
「さっきの術も解いたし、新しい人よけの術もかけた。これでもう手を繋いでなくてもお互いがわかるぞ」
「あなたってすごいのね。なんでも一人でできてしまうわ」
「そんなことないさ。松雪さんだってできることいっぱいあるだろう?」
「浅く広くだから全て中途半端だとよく言われるわ」
「周りの評価なんて気にしても無駄なこともあるさ。自分自身はどう思ってるんだい?」
「あの、その、お料理は得意な方だと、思い、たい」
「そうなんだ! 松雪さんの手料理食べてみたいな」
「そう」
婚約者ができてから徹底的に良子の人間関係から排除されているのに渡すことができるだろうかと良子は思った。
そして気づく。烏丸と会いたい気持ち、烏丸と何かを一緒にしたい気持ち、手料理を食べてもらいたい気持ち、全てが自分の気持ちであることを。
「あれ、私は自分の意思なんて持っちゃダメで、旦那様に従順で、誰よりも頭を低く下げて生きていかなければならないのに、なんで、今更、こんな気持ち、なんて……っ」
良子の目から涙が静かに流れていた。
「ここじゃあ俺以外誰もみてない。存分に泣いたらいいさ」
目から流れる涙はだんだんと大粒になり、押さえていた声もどんどん主張が激しくなっていく。最終的には良子の人生の中でトップ三に入るほど泣きじゃくりっぷりを見せた。
「こんなになるまでストレスを溜め込んでいたんだね。君は頑張っているよ。それこそ頑張りすぎているくらいだ」
「もう辛い、家になんか帰りたくない。学校だって。私のことを誰も知らない場所に行きたい」
もっと泣きじゃくる良子の背中を烏丸は撫でた。
「ねえ烏丸くん、助けてって言ったら助けてくれる?」
「ああ勿論! 助けるさ! 俺は君のことが大好きだから!」
この好きは本気で言ってくれた好きだと分かる。分かったからこそ自分の気持ちも分かった。良子はそう言われて嬉しかったのだから。
「じゃあ、じゃあ、この理不尽な環境から私を助けて!」
やっと言ってくれた、と烏丸は歓喜に震えた。
理不尽な環境に慣れてしまうと、それが普通であるかのように視野が狭くなってしまう。
そんな視野が狭くなっている人を無理やり役割から引き剥がして連れ出したとしてもそれは助けたうちに入らないのではないだろうか。それに最悪その人は自分の仕事を取られ、何もできないことに絶望し、壊れてしまうこともあるだろう。
だから烏丸は待った。家からの圧力、女としての役割、周りから求められる振る舞い、数えればキリがないほどの鎖にがんじがらめになっていた良子がそれを捨ててでもいいから助かりたいと思うことを。
「もちろんさ! まずは学校と家から離れよう。米山だっけ? あそこの家もずいぶん堅苦しそうだ。離れたら烏天狗たちが住まう森に行こうか。今は時代が時代だから人間の血も結構混じっていてね。人間の嫁さんも旦那さんもいるくらいだ。もちろん条件さえ揃えば烏天狗になることだって可能だよ」
「まあ素敵。妖怪も人間と結婚できるのね。それにおんなじにもなれるのね。ねえ烏丸くん」
「なあに?」
「私あなたに言わなきゃいけないことがあるの。手紙ではもう話すことはできないなんて言ってしまってごめんなさい。私もあなたが好きよ。助けてくれるからではないわ。あなたは私のことを尊重してくれた。人間として扱ってくれた。そんなところに惚れました」
「俺たち両思いってこと……?」
「は、恥ずかしいこと言わせないで」
「最高だ。ねえ、君のこと抱きしめてもいい?」
「え、ええ。私でよければ」
「君がいいんだよ!」
烏丸はそっと雪の結晶を扱うかのように優しく良子を抱きしめた。
「ふふっもっと力を入れても壊れたらなんかしないわ」
「本当かい?! 柔らかすぎて力加減あやまると潰しちゃいそうで」
「ちょっとくらいいいわ。ほら、おいで」
烏丸的には今のセリフに少しくらっときたらしい。さっきよりももっと力を入れて、体を壊さないように良子のことを抱きしめた。
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