第19話 米山か松雪か
1ヶ月もすれば優は1年生の最初からこの学校にいたのではないかというぐらい、クラスに馴染んでいた。
教科書や体操着などの必需品も揃い、教科書を見せるようなこともなくなった。これで少しは優との距離を取れるということで、良子はほっとしていた。
「良子、今日は部活があるから先に帰っていてくれる?」
「はい、優さん。かしこまりました」
「そんなに硬くなくていいよって」
「はい。では優さん、部活頑張ってくださいね」
「そうそう、そんなかんじでよろしく!」
優は陸上部に入った。ただゴールの一点を目指して走るのが気持ちがいいらしい。優も家では仕事を継ぐために厳しく育てられたと言っていた。きっとただ走ることのみを考えて、思いっきり体を動かすことは楽しいのではないかと良子は思った。
楽しそうに部活に向かう優とは逆に良子は気分が沈んでいた。
沈んだまま家に帰ったところで辛気臭い顔をするなとお叱りを受けるだけだ。だから家の前に着くと、清楚で従順で身分立場を弁えている、お義母様たちに見せる姿に戻ってなくてはならないのだ。
玄関を丁寧に開け、良子は帰ってきたことを知らせるために大きな声で挨拶をする。
「ただいま戻りました! 米山良子です。今日も学校へ行かせていただきありがとうございました!」
三つ指ついて、お義母様方がいる家の中に聞こえるように叫んだ。すると、ある部屋から良子はから見て義母、優からみれば自分の母親が足早に出てきた。
そして持っていた扇子で私の顔を思い切り叩いた。叩かれた頬はじんじんと痛く熱を持っている。
「まだ婚約段階のあなたが米山の苗字を名乗るなど烏滸がましい! 常識を知りなさい! あと廊下の掃除が甘すぎます。手を抜かずもっと綺麗になさい。今日はそれが終わるまで眠ることは許しません!」
ヒステリックに叫び元いた部屋へと帰っていった。
叩かれた良子は呆然としていた。前回同じようなことがあった時、良子は松雪と名乗った。そうすると今日と同じように義母がやってきて、さっきと同様扇子で頬を叩いたのだ。
どちらで名乗っても必ず叱責は受ける。もうどうすればいいのよ、と良子は頭の中でいつも思うが正解なんて出てくるわけがない。
(きっと機嫌がよろしくなかったのね)
どちらで名乗っても義母の気分が良くなければ扇子で殴られる。しかも私に米山家の何もかもを教える教育係はお義母様で、良子は生徒として出来損ないだと思われ嫌われている。
花嫁修行期間に1ヶ月みっちり教えてもらったから大体のことはできるようになったが、時々松雪の家での行動が出てしまう時がある。こんな中途半端な仕上がりだからきっとどこかで米山幸子のお義母様。つまり良子から見ればおばあさまに当たる人から嫌味を言われているのかもしれない。もしかしたら暴力も。
結局どこへ行っても良子が安心して暮らせる逃げ場なんてないのだと良子は常々実感する。
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