第14話 言いたかったこと、言いたくなかったこと

 優の高校の転入は、切りがいいということで後期が始まる9月からになった。つまり家にさえばれなければ、7月後半の夏休みが始まるまでは烏丸と話せるということになるが、逆を言えば烏丸と話せる最後の時間になるかもしれないということだ。


 そんなこともつゆ知らずに何日かぶりに会った烏丸は、まるで飼い主が帰ってきて尻尾を振っている犬のように見えた。これから別れを告げなければならないのに、正直良子はあの笑顔に救われた気分になる。


「松雪さん! 久しぶりだね。最近学校に来ていなかったけど何かあったの、大丈夫?」


 烏丸は良子が学校の人たちに家の中での現状を知られたくないことに配慮してか、詳しいことは聞かずにぼかして話をしてくる。良子はそれに気づき、たまらなく嬉しくなった。


(やっぱり優しいのね、烏丸君は)


 良子が嫌がる事は意識してやらないでいてくれる。このような一人の人間として尊重されるような扱いはされたことが無かった。だから嬉しかった。


「烏丸君、久しぶりね。家の用事があっただけだから大丈夫よ」


「そうだったんだ。風邪でもひいてたんじゃないかって心配してたんだよ。今日は途中まで一緒に帰れそう?」


「そのことなんだけどね」


 話している間、なんだかクラスがぴりついているような気がした。それに視線を向けられている気も。勘違いかもしれないがちらちらとみられているような気がしたのだ。そんななか、話しかけてきた人がいた。


「松雪さん、ちょっといいですか?」


 話に割って入ってきたのはクラスメイトの女子だ。これはとても珍しいことだが、何か言いにくいことを言い出すときのような顔をしている。良子は自分が何かをしてしまったのかと不安になった。


「烏丸君ごめんね。後で話すから」


 良子は教室に烏丸を残し、話しかけてきた女子についていってしまった。


 烏丸はただ事ではなさそうな雰囲気に良子が心配になった。だが、自分が行っても事態が悪化するだけかもしれないと思いなおし、何か良子に危険が迫るようなことがあればすぐに助けに行けるように、準備だけしておこうと椅子に座りなおした。


「松雪さん、烏丸さんとの話を遮ってしまってごめんなさい」


 良子は体育館に併設されている古い道具部屋に連れてこられた。随分遠くに連れてこられたなと思ったがただそれだけだった。様子を見る限り、もしかしたらクラスメイトに良子への害意はないのかもしれない。


「烏丸君とは後で話すから平気ですよ。それで、どうしたのですか」


「これは私が言ったって絶対に誰にも言わないでくれますか。こんなところまで連れてきた私が言うのはあれなんだけど、そう約束してくれないと私の身が危ないんです」


 ここまで言われて良子は気付いてしまった。クラスメイトが何か言いにくそうにしていたのも、ずっと緊張していたのも、自分に言いにくいことを言うのではなく、自分の背後にいる家に怯えていたのだということを。


「わかりました。このことは誰にも話しません。ですからお聞かせ願いませんか。貴方が私に言いたかったことを」

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