7月ー文月ー

第12話 着飾る駒

 蔵に放り込まれてもう何日が経っただろうか。ずっと真っ暗で昼も夜もわからない。唯一心が折れずに今までこの生活を過ごせているのは烏丸のおかげだった。


 あの一回しか遂に会えなかったが、その一回の邂逅と今までの烏丸との記憶が心の支えになっていたのだ。


 ぼんやりしながら蔵の中で倒れていると、眩しい光が溢れてきた。蔵の扉が開いたのだ。


「出ろ。今日が顔合わせだ。相手方に迷惑にならないようきちんとした格好をすること。それくらいわかっているな」


 いつものように命令をするような口調でそれだけ告げて、父はさっさと自分の準備に戻ってしまった


「良子、ぼーっとしてないで。着物も小物類も全部揃ってるから早く着付けるわよ」


 まだ意識はふわふわしていて、でもまぶたを刺す太陽光は痛くて、まるで世界に現実感がない。


「良子! 早く行くわよ。ああ、もう。時間に遅れでもしたどうするつもり」


 まだ自分の世界を取り戻せないまま、良子は母にでを引っ張られ、家の中の着物などが保管されている部屋へと連れてこられた。


 今日着させられる着物はうちにある着物の中でも一番高価で品がいいものだ。まさか自分が着ることになろうとは良子は思ってもいなかった。


 父がこれを着ることを許可したということは相当重要な顔合わせになるのだろう。それこそ失敗すれば命の火など簡単に消えてしまうほどの折檻をされるかもしれない。


恐ろしさがだんだん良子を現実世界へと引っ張り出してきた。


現実に戻り切る頃には着物の着付けは終わっていた。次は髪の毛を結う。なるべくおとなしめに、男を立てられるように。こんなところまでは気を使ってくれたのだ。


良子が母に礼を言うと、母はポツリと話し出した。


「私もお見合いだったの。着ていくお着物は相手のお眼鏡にかなったようなんだけれど、髪型が気に食わないと言ってね、破談にされてしまったことがあるの」


「そうだったんだ」


「良子、こんなところに産んでしまって、ごめんね、ごめんなさいね……」


震える声でそう言った母は良子を抱きしめた。


「母様、生まれてしまったのなら、こう生きていかなければいかないのならば、仕方ありません。私はお父様の駒ですので、ただし従うのみです」


—私はなんてことを子供に言わせているのだろう


 生まれた子供が女の子であれば女中のような仕事を娘にも押し付けてしまうことはわかっていたのだ。それでも良子の母は良子を産んだ。子供が生まれたことで何か変わってくれることを期待したのだ。もちろんそんなもの幻想でしかなかったのだが。


 そんなことを話しているうちに時間が来たようだ。父が玄関で怒鳴っている。


「時間ね。いきましょう」


「はい」


 良子がこれから行うことは二つ。どうにか相手に気に入ってもらい、婚約まで漕ぎ着けること。それから父がご執心のこの縁談で粗相をせず穏やかに顔合わせを終わらせることだ。


 相手がどんな人かはまだ何も知らされていない。どうか話が通じる相手でいて欲しいと良子の願いだ。


 良子も母親も緊張した面持ちで車へと乗り込んだ。

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