第11話 烏天狗の烏丸天

 蔵での謹慎生活から3日経った。どうやら一週間後婚約相手との顔合わせがあるらしく、ご飯を食べることと風呂に入ることだけ許されている。


 やることもやれることもない真っ暗な空間の中で一体何度泣いただろうか。きっと明るい場所に出たら目は充血して赤く瞼は腫れぼったくなっているのだろう。


—こんな姿では烏丸君に会いたくないな


こんな酷い格好は見せられない。  


蒸し暑い中何度烏丸とのやりとりを思い出しただろう。これだけが心の支えだった。


 蔵の謹慎生活4日目。ご飯の時間でも風呂の時間でもないのに蔵の鍵が開けられた。鍵を開けたのは険しい顔をして緊張している母親だった


「烏丸君って子が来ているわ。どうしてもあなたに知っておいてほしいことがあるんですって。今は昼間、蔵の中ならきっと見つからないから烏丸君には悪いけどそこで話しなさい」


今は会いたくないと断ろうとした瞬間、蔵の扉が人一人分くらい開いて有無を言わさず烏丸が押し込まれて来た。最後に大きめの懐中電灯が置かれた。そしてまた扉の鍵の閉まる音がした。


「えと、こんな暗くて埃っぽい所でごめんね。元気だった?」


「元気は半分くらいかな。だって君がいないんだもの。松雪さんこそずっとこんな暗いところに閉じ込められてたの? 大丈夫だった? ってそんなわけないか。警察に通報する?」


「しても無駄よ。警察官にも家族がいて、その家族がうちの会社の工場で働いてるから、きっと握りつぶされるわ」


「そっか。じゃあ俺と一緒に逃げる?」


「それもダメよ。どうせお父さんに捕まって連れ戻されるんだから」


「わかった。君の意思を尊重するよ。じゃあ本題に入ってもいい? 多分早めに出て来て欲しいと松雪さんのお母上は思っているんじゃないのかな」


「そうね」


「正直この姿を見せるかはずっと迷っていたんだ。もしかしたら嫌われてしまうかもしれないと思うと怖くて、ずっとこのままの関係でいいと思ったりもした。でも君が自分の秘密を話してくれたのに、俺だけ逃げるわけにはいかないもんな。覚悟を決めたよ」


 そう言って烏丸はお面を被った。黒くてカラスのようなお面だ。


「10秒だけ後ろを向いててくれるかい」


 良子は言われた通り後ろを向いてて10数えた。


 10数えたあと振り返るとそこにいたのは明らかに人間ではない何かだ。大きな黒い羽を持ち、服装も現代のものではなく歴史の教科書で見るような服に変わっていた。


 普段とのあまりの違いさに呆然とする良子に、烏丸は恐る恐る話しかけた。


「か、烏天狗って知ってる?」


「ええ、昔本でみたことがあるわ」


「図鑑に載っているのとはちょっと違うけど俺は烏天狗なんだ、ど、どう? やっぱり怖い?」


「ううん、烏丸君だから、怖くないよ。ねえ、翼って触ってみてもいいかしら」


「いいよ」


烏丸は良子に背を向けた。良子は艶々とした羽を壊さないように優しく撫でた。撫でてみると見た目よりもずっとふかふかで良い触り心地だった。


「あら、見た目よりふかふかなのね。烏丸くんはきっとこの翼で自由自在にあの空を飛び回ることができるんでしょうね」


 少し悲しげに良子はそう言った。


「君もできるよ。俺が連れてってあげる。擬似的な体験にはなっちゃうかもだけど、きっと楽しいと思うよ」


「お誘いは嬉しいんだけど、私は空も自由も知っちゃいけないの。だって知ってしまったら、この先の人生、一生後悔して過ごすことになってしまうわ」


「そうか、そうだね。俺が中途半端に君の人生に入り込んで台無しにしちゃ悪いよな」

 

「ごめんなさい。お誘いは本当に嬉しいの。あの空を自由に飛べたらなんてもう何百回も考えたわ。でも今世の私はダメみたい」


 良子は今にも泣きそうなのにそれを隠して微笑んだ。


「わかった。でもこれだけは覚えていて欲しい。俺には人間なんてどうとでもできる力があるし、松雪さんが助けて欲しいなら、いつでも助ける準備はできてる」


 次の瞬間蔵の鍵が開く音がした。


「そろそろ限界よ。ごめんなさいね烏丸くん。ゆっくりおもてなしもできなくて」


「大丈夫です。話したいこと、伝えたいことはちゃんと伝えられましたから」

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