第8.5話・無題のドキュメント

 そうして、私は外へ出た―――と言っても、地下室から出ただけだが。

 そこに広がるは、一面畳と様々な絵柄が描かれた襖―――というものが置いてある部屋だった。地下室から出れたのだし、ここからも簡単に出られるだろう。そう、油断したのが命取りだった。

「んだぁ?何でテメェがそこにいるんだ?さっさと戻れ愚図!」

 そうだった。ここは、ヤクザの屋敷だったのである。見回りぐらいいて当然と言える。しかも、相手は大人。今回は地下室のやつのように油断していない。

「もうそろそろ、出たい。ここの暮らしにはもううんざり」

「口答えしてんじゃねえよ。“想像力”―――『幻獣・東方龍セイリュウ―――F2』!」

 “想像力”の最後に〈フェーズ2〉とあることから、私のものより優れているということが分かる。

「大人しくいるつもりはない。“想像力”」

 私は、戦いに来たのではない。逃げに来たのだ。ならば……

「『無限の速度インフィニティ・スピード・第一段階―――第一宇宙速度ダイチカラハナレヌ』……これで、追いつけるはずがない」

 私は、“想像力”の無限に繰り返す力に着目した。『無限の速度インフィニティ・スピード・第一段階―――第一宇宙速度ダイチカラハナレヌ』は、この力を、速度という概念に適用させた結果である。これは、その名の意味する通り、無限に速度を増す能力を制限し、地震の波が伝わる速度と同等の速度に制限する能力だ。追いつけたら、それは音の速度と同等だということになり、“想像力”で保護している人体でも影響が出かねない『無限の速度インフィニティ・スピード・第二段階―――第二宇宙速度ダイチヨリイデル』を発動させなければならない。無論、これはここに優しくされていた頃、本で読んだ物を再現しただけである。

「へぇ、速えな。だがよ!」

 男は、その場から動く気配もなく、ただ立ち尽くしていたが、何やら、準備を始めたようだ。その準備が終わるまで、急がなくては。

 しかし、時というのは実に無情なものである。私が、逃げる前に奴が準備を終わらせてしまった。

「まだ、目で追えるってぇ事はよぉ、まだ、トレぇんだよ。『水龍演舞ドラゴ・ボルテックス』」

「グッ!」

 私は、背中に強烈な痛みを感じた。刺されたような痛みではなく、鈍器で殴られたような痛みであった。そのような痛みの経験は人一倍あるので、痛みの種類で凶器が判別できるようになった。そして、今回の凶器は、「水」である。水――というより液体は、速度がある状態でぶつかると、硬くなるという。

 意識も途切れそうになった時、誰かが部屋の中に入ってきた。

「貴様……少女にそんなことをするとは……やはりここの連中はクズばかりだが、落ちるところまで落ちたか」

「チッ、テメェかよ。テメェはもう、組を抜けたんじゃねえのかよ。特殊警察さん―――いや、斎藤天照サイトウアマテルよぉ!」

「今は、斎藤ではない。横山だ。それよりも、そこの嬢ちゃん。大丈夫か?無理すんなよ」

「よそ見してんじゃねえぞ!斎藤……いや、横山ァ!」

 私を心の底から心配する人間を始めてみたが、それよりも、彼女の身に起こった変化が、衝撃的だった。それは……

「相変わらず煩いな。少し、黙っていてもらおうか」

 目は太陽か、はたまた赤く光る月ストロベリームーンのように赤く輝く。衣服は燃え盛り、その炎の奥から見えたのは慈愛に満ち溢れた五芒星の紋章。

「“想像力”―――『女神・斜陽空亡アマテラスオオミカミ―――F2』……彼女に救いを」

 それは、救世主であった。

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