七つの美徳編

第9話・暴食の罪と自制の罰

 ある、昼下がり。私は、一人、屋上に来ていた。何時もは来ないのだが、何故か、私の机に手紙が置いてあった。これでも私は元トップアイドルの娘なので、顔は整っている。そこで、素性も何も分からぬ男子が、偶に告白の手紙―――ラブレターというべきか―――を置いていく。

 今回もそうなのだろうと、開封すると、中には、

『昼休み、屋上で。A.K』

 と、要件とその手紙の差出人であろう者のイニシャルだけ書いてあった。

 あやしがりて、私は、その手紙の要件通り昼休み、屋上へ向かった。そして、今に至る。


 その後、屋上の扉がガチャリと音を立てて開く。そこにいたのは……

「珍しいね。君が私に頼み事をするなんて。ねえ―――神城カミシロさん」

「いや、特段要件もないよ。ただ、私は少し話したいことがあっただけ」

「それを、世間一般では要件がある、というのだよ」

 そこにいたのは、この前のオーディション、その時に落ちた神城カミシロさん―――神城灯カミシロアカリだった。

「うるさいね。そういうことはどうだって良いんだよ。私の話したいことはこの一言だけ―――突然だけど死んで?」

「は?」

 そういうと、灯の体は光り輝く。周りにある全てを浄化するような神聖な光が、辺りを包み込む。目を開けると、そこには、六対の純白の翼を持つ天使がいた。

「天使?いや、いくら“想像力”がある世界だからといって、天使そのものが現れるわけは……」

「その通り。これは、私の“想像力”―――『化身・自制ハニエル―――F2』。これは、あなたを殺すためにある」

 意味がわからない。そもそも、何で私が殺されなければならない?理由は一つしか思い浮かばない。それは、『ル・リエー』のオーディションに落ちて、私が入ったのを知り、嫉妬ゆえに殺害を試みた、というケースだ。

「私も、ただで殺されるわけにはいかない!『化身・暴食ベルゼビュート―――F2』!」

 この前のティンダロスとの戦いで、私の“想像力”も〈フェーズ1〉から〈フェーズ2〉へと進化を果たした。

 “脳の処理限界”、“ヒトの認知限界の壁”を喰らい、『暴食の完全予測インテリジェンス・グーラ』、『暴食ベルゼブブ』を常時発動状態に。

「さぁ、ぶつかろうじゃないか」

「良いよ。どうせあなたは死ぬんだし」

「減らず口を叩くね」

「あなたこそ」

「では、尋常に……」

「勝負……」

 キーンコーンカーンコーン。それは、昼休み終了のチャイムの音。

 同時に、私達―――天使と悪魔の戦いを始めさせ、終わらせるどこか澄んだ終末のラッパの音。

「行かなきゃ」

「逃げるのかい?」

 私は、一応煽ってみる。多分教室に戻ると思うので、目を向ければすぐに見れる範囲にいるだろう。

「ちがう。時間の問題。それじゃあ、さよなら」

「やはり逃げるか」

「ちがう。さよならは、また会いましょうっていうおまじない」

 そう言うと、灯は教室へ戻っていった。


―――「また来て正解だった。やはり、私を待っていたんだ。神城さん」

「当たり前。あなた達を早く殺さないといけない。あなた達は報いを受けるべき。あらゆる大罪を犯したものどもよ。あなたは懺悔すべき。命を喰らい尽くす者よ。その報いを受けさせるべく、対となる私達は生まれた」

「たいそうご立派なようで!」

 容赦なく時間を喰らう。『暴食の完全予測インテリジェンス・グーラ』がその方が良いと判断したからだ。

 再び、白黒の静寂世界が訪れる。灯の動きは止まり、全ての物体の動きを停止させる。

「私に関する記憶を喰らっておこう。そうすれば、余計につきまとわれる可能性はなくなるだろうし」

 そうやって、灯に近づこうとした次の瞬間である。

 六対の純白の羽が、大質量を伴い振るわれたのである。

「な……!何故、羽が動いているのか!」

《知りたい?》

 どこからか声が聞こえた。その声は、優しく、慈愛に満ち溢れた聖なる力を纏った声であった。そして、聞き覚えがある。この事件の発端となった人物―――

「どこから話している!神城灯!」

《どこから?簡単だよ。自分の霊魂からあなたに語りかけているんだよ。それにしてもすごい、この声を聞いたなら、普通の人なら強すぎる徳に当てられて精神が崩壊し、廃人になるのに。あなたは何故、廃人にならないの?》

「知らない!どうせ、対となる存在だから、とかそういうものなんでしょ!」

 この会話の最中も羽は動いている。いや、羽だけではない。灯の体が、天使の体が動いているのだ。しかも、常人にはできぬ、人体構造を無視した動きを可能としている。

「反則か⁉人体構造を無視した動きをするなんて、お前人間じゃねえ!」

《当然。私は、神の御使い。七大天使が一柱ハニエル。その化身。人間にできて天使にできぬことなど無い。そして、神もまた然り。天使にできて神にできぬことなど無い。要するに、神はすべての事柄を実践できる》

「全知全能のパラドックスって知ってる?」

 全知全能のパラドックスとは、全知全能の神が、自分を全知全能ではなくすことはできるか?という哲学的問題である。ちなみに、このパラドックスは無神論者が証拠として出す時によく使用される。

《無論、知ってる。神は、全知全能ではなく、全てであって全てではない。どこにもいてどこにもいない。マイナスとプラスが中和されずに混沌と存在しているのと同義。全てになれるから、全知全能なのだ》

「だから、それした後に全知全能に戻れる?っていう問題だよ」

《知らない。それは、神のみぞ知る》

 もう!埒が明かない!その神のみぞ知るっていうのが、全知全能のパラドックスなんだよ!

 そう心のなかで叫びながら、攻撃を喰らう。しかし、『暴食ベルゼブブ』が全ての物事を喰らうことができないのは、想定外だった。恐らく、何かキャパのようなものがあるのだろう。それを超えると、こちらにも影響が出るということだ。

 しかし、それは問題ではない。何故なら、攻撃の一部分を喰らい、それを再度発射することにより、威力を相殺できるからだ。

 けれど……

「一度に喰らえる量を遥かに超えるでしょ……このエネルギー量は。“想像力”の産物によってできたエネルギーだろうけど、おかしい。絶対におかしい」

 どこかに秘密があるはず……と、探ったところで、思った。こいつの“想像力”は『化身・自制ハニエル―――F2』。ハニエルは、七つの美徳の中の“自制”を司る天使だった気がする。となると……灯は、自分の中にあるその霊魂とやらから発せられるこの膨大なエネルギーをそれこそ、自分を制御し、自分の中でエネルギーを増幅させているのではないか、ということ。そうでもなければ、時空を超越するほどのエネルギーを持つ『ティンダロスの猟犬』以上のエネルギーを発することができるとは思えないからだ。

《真相に気がついたみたい。でも、問題はない。あなたはここで死ぬから。私に殺されるから、神の怒りに焼き貫かれて死ぬから。すべてを失い、何もかも路頭に迷った末、あなたは、神に祈るから。それならば、すべてを捧げ、今、神への服従を誓え》

 お前は何を言っているんだ。少しも理解できない、というか能力が悪魔なので理解したくない。そう、“想像力”が言っている。

 まあ、神の名を冠する“想像力”を持つ知り合いなら、結構いますね。炎楽、不止、会長、社長、プロデューサー―――は違うか。あれは、神の住む星の名だ―――、そして父さん。

 そうだ、神は私についている。天は、私に味方してくれている!そういえば、会長とか来れそうじゃない?時間停止中でも。

 そう思った矢先、攻撃が飛んできた。反応が遅れたため、このままでは直撃してしまう。しかも、今回の攻撃は以前までとは比べ物にならないほど、強烈なエネルギーを持っている。何でこんな時に来るんだよ!タイミング良すぎだろ!

「あああああああ!駄目だ、おしまいだ……」

 喰らっても、これはほぼ消滅せずに、致死の衝撃を与えてくるだろう。このエネルギーは、物体にぶつかった瞬間、衝撃、波に変わることが予測できる。

 そこで、私は目を閉じた。はい。死にます。今までありがとうございました。

 そう思って、もう一度だけ、目を開けてみようかな、と思い目を開けると、そこには……

「はあ、また無茶をして。これで何回目だろう?」

 そう言って、入ってきたのは、純白の雪の王女―――そう呼んでいるだけの人―――、この前のライブの人だった。

《神を騙るものが現れたか。これは、許してはならぬ。お前のすべてを奪い、神に捧げるとしよう!》

「やってみなよ、天使。この『トキ』の名にかけて、今度こそすべてを終わらせる」

―――その人――トキは、そう言った。

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