第8話その2・第一次偶像崇拝大会・第二節―――角度よりの侵略者・七つの大罪
「これさ!」
そう言って久猗が渡してきたのは一枚の紙とレコーダー。紙に記されている内容を見てみると、会長―――お袋の特徴のある筆跡だった。
何度見てもすぐには解読できない筆跡だと、内心思ったりしたが、それでも確かな助言だけはしてくれるお袋に感謝している。
「ほう」
自然にそう声が出るほどの情報であった。その情報とは、もうなんでもありのお袋が“想像力”を使って量子コンピュータの原理である“量子の重ね合わせ”よりも遥かに速い情報伝達・処理ができる『
そして、レコーダーの中身を確認してみる。そこには、お袋の声で今回の作戦内容について話されていた。
その音声は、こうであった。
《(何か機械を弄っている音)…っと、これでよし。さて、聞こえているかな?久瑠。これから今回のデビューライブ『
―――戦場にて、無理なアクロバティック動作をし少しブレた動きをするメンバーを見る。
あれこそが、今回の作戦の要―――ティンダロス側の『
「おい、久猗。まだなのか?もうそろそろ体力の限界が近いと思うのだが」
「ああ、姉上。もうそろそろ着くと思うけど……あ!繋がった!やあ、慧宙。大丈夫そうかい?……ふむふむ。大丈夫ではなさそうだね。なら、少しこちら側で対処するからその『
「よし、久猗。表出ろ、面貸せ」
「分かった、分かった!んじゃ、繋げていいよ」
ったく、久猗は優秀なんだが少し社会的配慮が足りてないな。ここは、後々響いてくる大きなポイントだとして、今、久猗が使ったのはアイツの“想像力”―――『
まあ、しかしそんなことはどうでもいい。今は慧宙の『
『あーあー、テステス。聞こえてますか?』
『やあ、慧宙!こちらはバッチリ聞こえているよ!』
と、応答するので、私も一応。
『ああ、聞こえている。何気にはじめましてだな、慧宙。私の名前は空海久瑠。ここ――『ル・リエー』の社長をしている。ちなみに、私と久猗はお前の叔母でもある』
『んなぁ?!』
驚いた時の声の癖が結構あるのだが、まあそれは良いとして。
『他の全員にも聞こえているな?では、これからティンダロスの『
―――『はあ、うちの社長も中々無理を言いなさるな。僕よりも強欲だね』
まあ、そう思うわな。何故なら、さっきの指示は想像を絶する難易度だったのだ。
内容はこうである―――『ティンダロスの猟犬』を奴らが撃ってくる弾を避けながら排除していけ―――と。
そもそもの話、それが殺人罪に当たるのがわからないだろうか?しかし、相手が殺ってきてるのであれば、こちらも正当防衛として理由づけできるし、いっか!もう一人殺られちゃってるんだよね!仕方ないよね!
『となると、私達の反撃ターンってこと?』
『そうなるな。しかし、一般人に“想像力”が発動したと気づかれないように行なえ。まあ、私達は無敵だがな!ハーッハッハッハ!』
うるせぇ……
しかし、ここからは、私達のターンだ。ずっと、ずっと私達のターン。
―――それから数十分が経過した。
数はだいぶ減ったが、それでも攻撃は止まない。
ダンスの合間に回避して、回避して、攻撃して、また回避してを繰り返す。
『はあ……はあ…これ…いつまで続くの…?』
そう弱音を吐いたときだった。危険は間近に迫っていたのを、感じ取れなかった私の落ち度だ。
前から来たのだ。奴が。ダガーを片手に、こちらへと突進を仕掛けてきた。
『ヤバっ!』
避けようとするも、その速度は犬―――それも話でしか聞いたことのない猟犬と同じほどだった。
気がついたときには、もう目の前。ダガーは、確実に私の心臓を狙っている。
もうだめだ……そう目をつむり、死を覚悟した瞬間だった。
「危ない!」
そう、声が聞こえ、その声が聞こえなくなったので目を開けてみると、辺り一面、白と黒の世界が広がっていた。
『ティンダロスの猟犬』の一人は、そのまま固まっていた。ダガーへ目を向けると、あと僅か数ミリというところまで迫っていたのである。
そして、後退りすると、そいつが消えた。少しとっさの出来事だったので驚いたが、そいつが消えた箇所をよく見てみると、何やら、小さな球体が浮いていた。それは、今でも縮小を続けており、このまま行けば消えてしまいそうだった。
ふと、観客席の方に目を向けると、先程までは赤、青、黄、紫、緑と色とりどりだったペンライトの光は全て白黒になり、色がなかった。しかし、一つだけ、色のある箇所があった。それは、わかりにくいが白銀の長髪、金色と雪のような白の目を持つ至高の美少女。そして、その隣には二人、どこかで見たような人物が居た。
そして、その少女と二人は、私に背を向け、会場から出ていった。そこで、私は少女に何か特別なものを感じたのである。しかし、それが何なのかはわからずじまいだったが。少しだけこちらをチラッと見たが、その少女の風貌や、纏っている雰囲気が何となく大伯母―――無垢美会長に似ていた。
そこで思い出したのである。この白黒の世界の正体を。これは、私がオーディションのときに〈フェーズ1〉に上がったときに“時”という概念を喰らい、そこで“時”が止まったのである。そのときに目の前に広がっていたのがこの白黒の世界であった。
その瞬間、色が戻った。
目の前に居た男は居なくなり、カツンとガラスの玉―――所謂ビー玉を落としたときのような音が響くと、そこには小さな球体が落ちていた。
ペンライトの色は戻り、あの少女は居なくなっていた。
そこで、私は思いついたのだ。この作戦―――『
『聞いてくれ!たった今、相手側の作戦を破る策を思いついた!』
そのあと、私は仲間たちに話した。この時間停止空間の事は言わなかったが。
その策とは、会長の過去回想の話にあった実際のところ私が考えるに最適な攻撃手段『
そして、幸いにも、私の“想像力”も空間系であるため、再現可能な領域にある可能性が高い。しかも、今は〈フェーズ3〉とかいう化け物だけど、その時はまだ〈基本フェーズ〉だと推測できるから、もう〈フェーズ1〉に至っている私が再現するのは容易ではないかと思える。
ならば……
『やってやるよ!この
―――「ふふっ、計画は順調だ。このまま行けば私の技をえーちゃんが習得するだろうね」
私が残した記録――『
しかし、何故時間停止が起きたのだろうか?とっさに?わからない。そうだ、それこそ『
……計算の結果、恐ろしいことが分かった。この時間停止を行ったのがえーちゃんではないことだ。では、一体誰が……
心当たりは一つあるが、それは考えられないことなので、置いておくことにした。
―――『そんなことで、この技を出すことにした』
『へー、なら相手の位置を把握しないとね。探索系技能ってあるかい?』
ここからは、私がアタッカーとなり、メンバー全員で協力するのだ。
『探索技能はないけど、私の『
『なら、探索は智香に任せよう。ならば、私は『
!全ては私の栄光のために、私自身が犠牲になるのだ!』
『それじゃ、あたしの『
『私は、できる限り『
『私は、個人的に妬いちゃうから始末していってるわ!やってやろうじゃないの!』
『それなら、僕は可能な限りの数の奴らの動きを止めておくよ』
これで全員の役割が揃った。智香は探索、有可と輝夜は囮、白香は偽装、そしてこころと千明は始末という感じになった。そして、私がこの作戦の要―――最終兵器だ。
ここからは、私は止まって歌いながら緻密な空間操作をしていかなければならない。
さて……まず、『
そして、一番重要なのが、この技の本命である空間操作……とりわけ座標指定と空間構造把握である。この二つを成功させなければ、『
それを、ただいま計算中である。
……しかし、そんな空間の計算―――しかもドームという超大規模空間と歌唱しながらの並列行動など、一人の人間が負える処理量を遥かに超えている。
はあ、こんな時、会長の『
まず、私の『
一応見てみると、宇宙のような構造になっていたが、何かがおかしい。よく観察すると、その宇宙は、誕生と消滅―――否、圧縮あるいは縮小―――を繰り返しており、その度に、コンマ0.00001秒ほどの極めて短い時間ではあったが、“知覚速度の限界”と“脳の処理限界”という二つの概念を自分のだけ喰らったおかげで、その消滅の瞬間―――奇妙なほどの速度の暗転を見ることができた。
ちなみに、“脳の処理限界”を喰らったと言ったが、それはただ単に処理能力が際限なく使えるというだけであって、処理能力の速度が上がるわけではない。なので、見た瞬間に空間の体積が分かるわけではないのだ。
そこで、あの恐ろしいほどの速度の暗転を見て、思いついたのが、会長の『
まず、あの速度の消滅ならば、どこかしらで未知の物質―――名付けるならば『
早速検証していく。求めたいのは、空間操作に必要な空間構造である……求められた。この空間構造は……と言っても、宇宙の真理に触れることになるので、頭がおかしくなるほどの情報量が流し込まれる。“脳の処理限界”喰らっていてよかったー!
ともかく、これで空間構造がわかった。ので、ここからは作業である。
『計算準備入ります!』
様々な数式が、『
『計算完了!それでは、行こう!』
私の―――いや、怪しく輝くキュグデの結晶!
「『
歌詞のラスサビに合わせてそう叫ぶ。
次の瞬間、黒い弾状の物質が突き進んでいき、それに対して今まで続けられてきた発砲が止み、私達の『
―――メインのイベントが終われば、その先に待つものは、握手会である。
先程、生理的に無理な人が何人か来たが、そこは、私の心“想像力(物理)”で黙らした。
「次の人どうぞ〜」
そう声をかけて、次に来たのは、金色と雪のような白の眼を持つ美少女―――時間停止をした謎の少女だ。
「先程は、どうも、ありがとうございました」
「お礼はいい。それよりも、はい」
ゴソゴソと取り出したのは、板。
「これは?」
「分からない?色紙。サインお願いします」
「ああ……はい!」
サインを求められたので、サインを書いたが、即興で作ったにしては、上手く行った気がする。
すると、色紙を見た少女が、
「そうか……変わらないな。君は」
と言った。
「へ?」
「いや、何でも無い。こちらの話だ」
それならば良いのだが。
「それじゃあ、頑張って。応援してるから」
「はい!ありがとうございました!」
次の方〜と言おうとしたのだが、彼女が最後の一人だったらしい。少し、聞こうと思ったことがあったのだが、聞き逃してしまった。
これから、私達は、お開きの準備へと入る。この、夢のような一時は、遂に、終りを迎えるのであった。
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