第8話その1・第一次偶像崇拝大会・第一部―――決戦の刻、来たれり。

「おーい、君たち!大丈夫そうか?」

 そう声をかけるのはプロデューサーである。

 しかし、その問も虚しく、全員が同じ答えであり、無意味と化した。

「大丈夫だ。私は行ける」

「その通り!この私にかかればこの場にいる全員を私の奴隷としてみせよう!」

「ええ!やってやるわ!じゃないと私、妬ましくて死んじゃうもの」

「はい。私も、この程度でへこたれているようじゃ、江戸学次席の座は座れませんから」

「……私も、このぐらいで安々と引き下がる女じゃない」

「ま、テキトーにやるわ。どうせキモヲタが数人いるでしょうからアタシの『発情魔サキュバス』で精力吸い取ってやるわ」

 そして…

「私も。ここで引き下がれば会長に顔向けできない」

 全員の決意は固まった。ここは私達のデビューライブ―――『第一次偶像崇拝大会ファーストステージ』。外では、新たな推しを求める者たちで溢れかえっている。


―――数十分前。

「おい、久猗。大丈夫なんだろうな、あの新プロジェクトは。私はどう見ても素人の集まりにしか見えない」

「大丈夫さ姉上。ここは一つ、彼女らに預けてみないかい?」

 密会というべきに相応しい場所にて、ワイングラスを傾け、話をするよく似た二人の女性。

 傍から聞けば、ただの会社の同僚同士の会話にも聞こえなくはないが、実際はもっと大きい話をしているのである。

 今日の世界情勢において“アイドル”という職業はとても大きな経済的効果を生み出す。それの新ユニット、なおのこと金が動く。最大の話だが世界中で何千億単位の金が動くことになるだろう。

 そんな重要事項を人が聞いているかもしれないのにそんな事を気にせず話すのは、アイドル事務所『ル・リエー』専務取締役である空海久猗と、その双子の姉である『ル・リエー』取締役社長―――『空海 久瑠ソラウミ クル』である。

「しかし、お袋もまさかヤツの子をウチに寄越すとは…」

「全くだよ。けど母上はアイツのことは嫌ってなさそうだしね。昔っから」

 ちなみにここで言う“ヤツ”及び“アイツ”は慧宙の父、『横山 楓徒ヨコヤマ フウト』のことである(この二人の内どちらかとは非常に仲が悪い)。

「まあ、今回もティンダロスが何らかのアクションを起こすだろう。その時の対策は?まだ何も聞いていないが。本番数十分前だぞ」

「ああ、それね。私も姉上に伝えようとしたけど予定が合わなくて……」

 しかし、その発言が引き金となって、久瑠の怒りが燃え上がる。

「な、に、が!予定が合わないだ!毎日会っているじゃないか!同じ家に住んでるのに予定が合わないことなんてあるか!それに、余った仕事は何もせず私に横流しして、それで十二時を過ぎてやっと残業から帰ってきたと思ったら居間でゴロゴロと寝っ転がりながらゲームしてたりゲラゲラ笑いながら漫画読んでたりと…散々だ!それで伝える暇がなかった?冗談も大概にしろ!」

「待って、待って姉上。確かにそれはあるけど、それはこれからの話しに必要な情報を集めるために必要なことだったんだよ!」

「なんだ?」

「これさ!」

 そう言って、久猗は一枚の紙とレコーダーを取り出した。

 それを見た久瑠は一瞬で理解する。

「なるほど、それか」

 そう言って、そのレコーダーの中身を聞き始め、後に納得した様子で店を後にした。


―――全く、懲りない奴らだ、と呟く影。

 そこは、異臭漂う――しかし、その影は何も気にしていない様子――部屋。しかし、違和感がある。

 それは、全て直角であること。勿論、その影も例外ではない。

 ランプも直角であるし、見るとピアノもあるが、そのピアノにもどこにも丸っこいデザインが見られない。

「あーあー、聞こえているだろうか?」

《イエス、ボス。こちらにはバッチリ聞こえております》

 と、無線機で会話する二人。

「では、これより作戦行動に移る。全員、物資の確認を!」

 ガサッガサガサ…と無線機の奥から物を探る音がする。

《こちらT-1。何一つ異常ありません!》

「了解。では、次に射撃準備。なあに、問題はない。君等がいるのは完全防音室。それに、君達なら逃げれるだろう?」

 銃声がする。その数秒後、銃声が止まる。

《異常なし!》

「では、次に“想像力”のテスト。これが一番の鍵だからな」

 動作の音がする。しかし、他の音は一切聞こえない。

《問題有りませんでした!》

「良し!では、我々――『ティンダロスの猟犬』は、これより、“断罪作戦ダムナティオ”を開始する。全員、発砲待機!」

 そして、影―――アイドル事務所『ティンダロス』取締役社長『フェン・ミゼーア』は、これから始まる蹂躙の時間をその輝く瞳の奥に写し、恍惚とした表情を浮かべるのであった。


―――「3、2、1…スタート!」

 私達は一斉に飛び出した。舞台の上へと。

「皆さん!本日はお集まりいただき、ありがとうございます!私達は…せーのっ」

 MCである白香が合図をする。オモテウラが非常に激しいですね。

『The cute and great devilsです!よろしくおねがいします!」

 ワーッ!と大きな歓声が上がる。それと同時に、いきなり曲が流れる。

 しかし、曲紹介ができていない。そこで、出てくるのがこころの“想像力”『化身・嫉妬レヴィアタン』の権能の一つ“妬魚姫マーメイド”である。湧き上がる嫉妬心を可燃性のエネルギーへと変換し、それを酸素と結びつけることでその炎を自由自在に操ることが可能になる。

 そこで浮かび上がったのが『I don't know bitter〜All for me〜.』の文字である。

 曲がスタートする。

「―――♪―――♪!」

「―――――♪―――?――――♪!」

 どっと湧き出る歓声。不規則に揺れるペンライト。

 そのすべてが新鮮で、とても鮮やかに見えた。

 が、ここで異変が起こる。

 何やら異臭が立ち始めた。しかし、観客たちはそれには気付いていない様子である。なので、このままライブを続行させようとした。

 次の瞬間、何者かが目の前を通り過ぎた―――そんな気がした。

 一瞬慌て、ステップが外れたことを認知し、また戻す。

 少しだけ見たのだが、あれは、全て直角であった。一瞬、カメラさんかな?とも思ったが、あれではカメラに写るどころか、ブレブレで見えないだろう。

 そう考えていた瞬間、またしても通り過ぎた。しかし、今度は近い。

 痛みが走る。

「グッ…」

 だが、観客たちはそれには気づかない。

 自分で傷を見てみると、刃物で傷つけられたような傷である。しかし、もしかしたら、観客たちはこの傷すらも見えていないのではないだろうか?

 しかし、稀に見てみるとなにか私の足を見ながら話している人達がいる。恐らくあの人達には見えていて、何か、〈フェーズ〉が関係しているのではないかと思わせる。

 このままでは危ない!

 そう判断した私は、〈フェーズ1〉に上がったことでできるようになった物質ではなく概念への干渉。それを利用し、とっさに“会話の境界”という仮想の概念を作り、それの壁を“暴食ベルゼブブ”で喰らうことで意識だけの会話―――テレパシーの開発に成功した。

『あーあー、テステス。聞こえてるか?』

 驚いた様子でこちらに振り向く他のメンバー。しかし、千明は、構造を理解したのか落ち着いた様子でテレパシーを使用する。

『これは、慧宙君だね。そして、どうしたんだい?こんな大規模な仕組みを即興で作ってまで話すべきことは。まあ、無論、僕も気付いているけど一応要件は聞いておこう』

 クソッ!生意気な奴め。

『聞こえてるよー。後で覚えておきなよ、数十発は殴ることになるから。それか、今ここで僕の傀儡となるか、どっちが良い?』

『う、うるさい!そんなことはどうだって良い。気付いているんだろうけど、私達の前になにかいる。十中八九『ティンダロスの猟犬』だとは思うけど…こんなに見えないもんだったかな?』

 そう問うと、千明が反応する。

『それは……多分、“想像力”の影響だね。白香君から聞いたけど、その時はラヴクラフト先生と一緒だったんだろう?しかも『モルグ街』という特殊空間。それならば、ある程度の“想像力”は無効化できる。ちなみに、〈フェーズ1〉になる前――〈基本フェーズ〉の頃に学園内で試してみたけど、その時は発動しなかった。要するに、〈基本フェーズ〉の“想像力”は発動が不可能になるということだね。となると、この前のやつは〈基本フェーズ〉―――けど、ここで厄介な問題が発生する』

『それは何?』

『次元の影響さ。我々が暮らしているこの世界は俗に三次元空間と呼ばれるのだけれど、我々は零次元、一次元、二次元、そして三次元空間は認知できるけど、それ以上の次元――四次元空間や五次元空間は認知できない。そして、それを“想像力”が無理に三次元に変換し認知しているから我々は見えているだけであって、〈基本フェーズ〉の一般人はその姿を捉えることはできない。そして、そのつけられた傷さえも四次元の存在と化しているため、傷すらも見るとができない、ということさ』

 へーなるほど…ではない。

『それを対処する方法がわからないんだけど!』

『そりゃあそうさ。我々は所詮、三次元の存在だからね。高次元の存在に対抗できるわけがないのさ』

『じゃあ、どうしろと!』

『まずは、もうそろそろこの曲が終わるから、次の曲の振り付けを無視しても避けろ。幸い、次の曲はテンポが早い所謂ノリノリの曲だ。アクロバティックな動作が少し入るぐらい、誰も気にしないさ』

 と、言うわけで避けることになった。何故こうも襲撃されるのか解せぬところがあるが、避け続ける。

 しかも銃弾まで向かってきた。見た感じ大口径弾なのでスナイパーだろう。

「――――♪――…うおっと!」

『あぶねー。もう少し“激怒炎サラマンダー”を発動するのが遅かったら心臓打ち抜かれてたな』

『くっ!なんでこうも正確に狙えるのよ!妬ましい!もう苛立ってきたわ!“嫉妬リヴァイアサン”!…はぁぁぁ!“纏わり付く銃弾ストーキングバレット”!』

「ちょっ!」

 まさか、こころが撃つとは思ってもおらず、静止が遅れた。

 ちなみにだが、このテレパシー使用中は、考えていることは全て筒抜けである。なので、実行に移す前に阻止できたはずなのだが、まさか、エネルギーの発生がとてつもなく早く――それも亜光速並みに――、すぐに撃てるというのは予想外であった。

 虚空から放たれた嫉妬をまといし紫色の弾丸―――どうせ一般人には見えていないだろうが―――はこちらに銃口を向けていた一人のスナイパーを追い、その心臓を撃ち抜く。

「グフッ!」

 私達にはそんな声が聞こえたが、どうせ一般人には気づかれないのだろう。それはそれで可哀想な死に方だとは思うが。

『やったわ!一人撃ち抜いてやったわ!これで少しは収まると思う……って、うわっ!もう、危ないじゃない!』

 まったくもってその通りである。実に危なっかしい。

『本当にそう。なんとか!ほっ!できない、っの!?』

『それについては僕も同意見だよ。少し危ないね。だから、いくらかは僕の傀儡となってもらうとするよ!“想像力”―――『化身・強欲マモン』――“強欲マモン”で欲を倍増させ、止めの“欲子鬼ゴブリン”ではい!傀儡の完成!少しはマシになったはずだよ』

 本当に少しはマシになったが、それでも未だ銃声?は止まない。

 私達のデビューライブは、波乱の銃撃戦で幕を開けたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る