第7話・大罪とレッスン

 うーん…温かい…これは…ベッド?

 そこで私の意識は戻った。

「おぉ!気がついたか、慧宙!」

「…ここは?保健室?それに……」

 あまり通ったことのない見慣れぬ風景に私が困惑していると、隣りにいる人物が誰なのかはっきりとしてきた。それは、とても懐かしい者で...って、え?

「って、ええええええッ!な、なんで...なんでお前がここにいるんだよ!―――炎楽ホムラ!」

「ふははは!会いたかったぞ、我の花嫁!」

「私は、お前の花嫁じゃない!」

 説明しよう!今目の前にいるのが、私の幼馴染の炎楽―――もとい本名『斎藤 炎楽サイトウ ホムラ』。想像力は『邪神・生気炎クトゥガ』―――どういう訳か、子供の頃からずっとあんな感じで、ちょくちょく私にちょっかいを掛けてきては、それがほとんど勝負形式であり、その勝負に勝ったら結婚してくれ!と頼み込む馬鹿である。

 まぁ、私の周りには、もう一人そういうのがいるのだが...流石にいるわけがない。

 そんなフラグを立てると、どうせそういうのが起こるものである。

 その時、保健室の扉がバーンッと勢いよく開いた。

 そこから現れるは...

「我が愛しの慧宙!無事か!襲撃にあい、意識不明になったとラヴクラフト先生が言っていたぞ!」

 来たよ...もう一人。彼の名は『魁狛 不止カイコマ フシ』。想像力は『邪神・混沌ナイアルラトホテプ』―――ん?ナイアルラトホテプ?

 はっ!そうだ思い出した。そのナイアルラトホテプとラヴクラフト先生が謎のテロ組織?『ティンダロスの猟犬』っていうのを木っ端微塵にして、なんか《心象風景》?みたいな物を出してそこから記憶がない、ということはこの間の記憶...結構やばいんじゃない?

 と、思考していると、またもや保健室のドアが開いた。

 しかし、物音は少なく、上品に開いた。

 そこに立っていたのは、件のラヴクラフト先生だった。

「ふむ。少しは―――いや、結構良くなったようだ。ギャーギャー騒げるくらいには、容態が安定したようだね」

「あ、ラヴクラフト先生。こんにちは。なんか、迷惑かけてしまったみたいですみません。そういえば、先生。先生って《心象風景》みたいなものって使えます?」

 私がそう聞くと、先生はひどく驚いた顔をして、その後すぐにいつもの涼しい―――気味の悪い顔に戻した。

「その話についてだが...他のところで話そうか。ここでは、人が多すぎる」

「あ、はい。と、言うわけだから炎楽、不止、さようならだ」

 そう言うと、彼らはとても残念そうだった。

「少ししか触れられなかったのは残念だが、なにか用事があるのだろう。行ってくるがいい!我が花嫁――慧宙!」

「私も同意見だ。行ってこい、慧宙。私は、ここでいつでも婚姻届のサインを待っているからな」

 とても、感動できる別れの挨拶でございました。はい。

 やっぱり、ここには変態しかいないのか。

 まあ、そんなことはどうでもよく、私達は、保健室から出たのでありました。


―――江戸学、中庭にて。

 二人の人物――女学生と教師――が向かい合い、何やら立ち話をしていた。

 その立ち話の内容は、常人に理解できるものではなく、“能力学”を囓っていなければ、理解できない内容の話であった。

「――して、その《心象風景》のこと、どこから聞いたのかね?私は言ったことのないはずだけど」

 完全に自分ができるって言ってるようなものじゃん。

 それに対して、私はこう答えた。

 どうせ聞いた、とか言ったら「それは聞き間違いだ」とか言われるに違いないし。

「本で読んだんです。あなたが《心象風景》の使い手、だということを」

 そして、またしても驚くような顔をし、いつもの顔に戻った。

「そうか。それならば、もう隠しておく必要はないな。《心象風景》が何なのか、教えてあげよう」

 そうして、先生は、詳しく解説してくれた。

 先生曰く。

《心象風景》は、〈ファイナルフェーズ〉に到達した者のみが扱える“時空切断能力”らしく、それは、“想像力”の本当の役割を引き出す者にしか、分からないらしい。

 しかし、目の前にいる顔色の悪い男は知っていた。“想像力”の本当の役割を。

 それは、『人々の思い描く理想を体現すること』。

 その思いが、意志の強さが“想像力”の源であると同時に、“想像力”を新たなる次元へと引き上げるのだと。

 そうして、出来上がるのが、『自分の理想の世界―――《心象風景》』である。

《心象風景》は、その“想像力”の持ち主の心の中を描く。

 そこに、“想像力”を付与するのだ。

「それが、《心象風景》の基本原理であり、私の〈フェーズ〉の考察材料ともなる」

 そして、先生自身の“想像力”も教えてくれた。

 先生の“想像力”は『文学・狂神話ラヴクラフト』。定められた呪文を詠唱することで、神話生物と呼ばれる者どもを召喚できる能力らしい。

 しかし、その召喚にも条件があり、まず、“想像力”で空間が切断されていないこと。

 次に、正しい発音で唱えること。以上のこの二つである。

「そして、私の年齢について何か憶測が立てられているようだが、それが何なのか、教えてくれないか?」

「ああ、七不思議の一つ『ラヴクラフトの年齢』ですか。あれは、ラヴクラフト先生が百を優に超えるという噂ですよ」

「その噂なんだが…実際のところ本当だ。私の年齢は百を超える」

 ん?今なんて言いました?

「えっと……今なんて言いました?」

「私の年齢は百を超える、と言ったんだ。教師の話はちゃんと聞かないといけないと思わないか?」

 えと……それってもしかして…

「多分君も考えているだろう。そうだ。これは私の“想像力”の影響だ。そして、私が生み出してきた数々の邪神たちの名を冠する“想像力”の始祖であるから、当然とも言えるだろう」

 すると、先生は、過去も語ってくれた。


―――あれは、一九三七年のことだった。

 私は、癌で入院していた。まだ若く、四十代であった。

 私は、その時にも、書きかけの小説のことを考えていた。

 次はどんな邪神を登場させよう、どの伏線を回収しようか、と。

 しかし、そのときになって悟る。私は、もう長くはないのだと。

 だが、そんなものだ。その時はまだ医療などそんなに発展していなかったのだから。

 私は、涙を流した。それは、死からの恐怖ではない。書きかけの小説が誰の目にも止まらず、そのまま歴史の闇に葬り去られることを恐れたのだ。

 否、違う。

 私は、私の生きていた証すらも私とともに消えてしまうことが、何よりも恐ろしかったのだ。

 私は、願った。

 まだ生きていたい。叶うなら、私が生み出してきた邪神たちとともに生きたい、と。

 その時、奇跡が起こる。

 なんと、私の体が熱くなり、頭の中に何かが入り込んできたのだ。

 それは、このような内容だった。

『自身の創造物を使役する能力』

 ふざけたような内容だった。しかし、それは現実に変わる。

 私の目の前にいつの間にかいたのは、痩せ型の小麦色の肌が特徴の美青年だった。

 しかし、私は彼を知っている。何故なら、私が生み出したモノだからだ。

「君は…そうか、混沌よりの使者ナイアルラトホテプか。遂に私も狂気に染まり、幻覚を見るようになったか」

「いいえ、あなたは我々を物語の世界から解き放ったのです。あの水の邪神も、風の邪悪なる貴公子も、忌々しい生きる炎も、そして、虚空に巣食う王とその臣下たちも」

 彼は、流暢に喋った。

 それから、起き上がってみると、何時ものような痛みもない。ナイアルラトホテプに調べさせると、綺麗サッパリ癌細胞が除去されていたらしい。

 私は、その事実を知った途端、嬉しくもなり、怖くもなった。

 恐らくだが、私の体は完全な健康、そして不老になっており、何か外的要因でなければ死なない。要するに、老いない体になってしまったということだ。

 これが意味することは唯一つ。実験台にされかねないということだ。

 そして、私はどうにか自分を死んだように見せかける策を考えついた。

 実行すると上手く行った。ナイアルラトホテプに自分に擬態するよう命じ、そのまま呼吸を止め、心臓を止めれば作戦は終了である。

 そこから、私の第二の奇妙な人生は幕を開けた。


―――「そして、その人生の最中で君の大伯母、無垢美ともであったのだ」

 話し終えると、そのままラヴクラフト先生は戻っていった。時間は午後四時。ほとんどすべての授業をサボってしまったが、まぁ、いいだろう。

 そこで、今日はレッスンがあるのを思い出した。

「まずい!早く行かないと!」

 そこで、応用技を使った。

 まず、『化身・暴食ベルゼビュート』で学校とル・リエーの間の空間を喰らう。

 この『化身・暴食ベルゼビュート』は、理事長の“想像力”の効果で作り出している亜空間“モルグ街”と現実世界を隔てる結界をも喰らうので直線距離で行ける。

 そうして喰らった空間は“永食龍ウロボロス”の中に入る。この中は時間の概念がないことが分かったので、中に取り残されている生徒や教職員からすると、何も起こっていないように思えるだろう。

 その様にして、私は、ル・リエーへ向かった。


―――「ワン、ツー、スリー、フォー!ワン、ツー、スリー、フォー!」

 手拍子の音と共にプロデューサーのよく通る声が響く。

 ここはレッスン室。様々なアイドルがここでレッスンをしている。まあ、交代制だが。

 そこでやるのは、初日からダンスレッスンである。この中でのダンス経験者は私と輝夜であった。

 他の五人はスポーツと縁がなさそうだし、そりゃそうかと思えた。

「はい!今日のレッスンはここまでだ!ではみんな、気をつけて帰るように。何かあったら計画していたデビューライブの構想が全てパーになるからね」

 おや、久猗さん。その事を言っても良かったので?

 すると、案の定、食いつく者たちもいた。

「なっ、デビューライブだと!この早い段階でできるとは、っ流石私!全てに完璧な女だな!」

「もうデビューライブをするの?クソ!早すぎるわ!妬ましい!呪ってやるわ!」

「そこまで行ったんだ、このユニット。いくらなんでも早すぎない?」

 と、各々様々な感想を述べるのだった。

「そこでだ!みんなに少しだけ教えておくべきことがある。それだけ聞いたら帰っていいぞ!」

「それで何ですか?伝えるべき内容って?」

 どうせ『ティンダロスの猟犬』だろう。

「このル・リエーには姉妹事務所である『ティンダロス』があるのは知っているだろう?そこがウチに対抗意識を燃やしてるらしくてね、ここ最近のデビューライブに戦闘集団『ティンダロスの猟犬』を投入してきているんだ。だから、君たちは演技中、どこからでも狙われるということを頭の片隅に置いておいて欲しい」

「分かったわ」

 その一言で、今日はお開きとなった。

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