第86話
秋の終わりに突然、季節外れの嵐のようなやつが来た。
「ハーイ!やっと夏休みとれたわー。忙しすぎるのよ!」
僕は額に手を当てる。
「
後ろですまん!と両手を合わせてる新太が見えた。連れてきたのおまえかよ!
田舎に来るって言うのに、高いヒールに高そうなブランドのワンピースとカバン。手の爪のネイルは秋に合わせたのかボルドーの色とベージュ色。なぜ、そんな気合い入れてるんだろうか……?
「飲みに行こうと思ったら出会ってしまってさー、まいったよー」
新太が僕にそう言う。昔からの同級生同士だから、もちろん美咲のことも知ってるし、よく一緒に遊んでいたグループだ。
「なによそれ!新太のくせに生意気ね……で、聞いたわよ?あの女子高生と付き合ってるんですって?」
今日、来てるの?と美咲が尋ねる。来てるけど紹介したくないし、またいらない誤解をされたくないから、さっさと帰ってもらおう。
「うん。そうだ。付き合ってるよ。じゃあ、そういうことで……新太!家まで送ってやれよ」
連れてきたんだから、おまえが責任持て!と目で合図した。めんどくさそうな顔をするな!
「えー!なんでそんなに冷たいの!?私達、友達にすら戻れないわけ?」
「はいはい。友達、友達だから、帰れ………なっ!?」
いきなり、美咲が抱きついてきた。僕は体勢を崩しかけそうになり、踏みとどまる。そのせいで、美咲を抱きしめるような形になり、慌てて体を引き離す。
ニヤッと笑う美咲。なにしてるんだよ!と怒ろうとして、ハッ!と美咲が見てる視線の先を僕は振り返って見た。
桜音ちゃんがおばあちゃんと剥き終わった柿を持って、納屋に干しに行くところだった。
「こんにちは!」
美咲が楽しげに挨拶する。新太が今のは違う!違うぞ!と僕のために声をあげた。
「そう!今のは違っ………」
僕も言おうとした。桜音ちゃんは少しショックそうな顔をしていたが、下を向こうとして止めて、前を向く。かごを持ったまま、スタスタ歩いてきた。
そして、新太にかごを持っててくださいと言って渡す。あ……はい……と新太は持つ。
僕の体をパタパタと埃を払うように叩く。……え?どういうこと?
「美咲さん、こんにちは」
そしてにっこり笑う。美咲がやや怯んだ。
「私、私……
「ふーん。つまらないの。もっとオドオドした子だと思ってたのにー。からかいがいがなくなっちゃったわねー」
桜音ちゃんは笑顔の表情のまま美咲に言う。
「もう、大丈夫です。美咲さんの言葉に惑わされません」
大丈夫……と笑顔で言う。こんなときは大抵桜音ちゃんは………。
美咲は面白くなくなったようで、新太!送りなさいよ!と言って帰って行く。桜音ちゃんはにっこり笑顔のまま、干し柿を作りに納屋に行こうとしたのを止める。
「待って!今のは不可抗力だったんだ!でも傷つけてごめん!」
笑って大丈夫って言う時、桜音ちゃんは傷ついている。それを知っている。桜音ちゃんは僕の方を見ない。やっぱり……そうだ……。
「わかってます……ちゃんと……でも頭でわかっていても気持ちがついていかないことってあるでしょう?私、すごく今、醜い顔してるので、見ないでください。気持ち、落ち着かせてきますから」
「そんなの……」
必要無いよと言おうとしたが、桜音ちゃんに遮られる。
「私、まだまだ子どもで、こんなことくらいで、気持ちがすぐに揺れるので、ごめんなさい」
「いや、今のは……誰でも嫌だと思うよ。僕も逆に桜音ちゃんの場面だったら嫌だと思う」
ヒョイッと干し柿用のかごを僕は持つ。涙で潤んだ目を桜音ちゃんは拭った。僕はもう一度ごめんと言った。
「千陽さんは自分からあんなことしないってわかってるし、新太さんが違うって言ってくれたので、すぐわかったんですけど……やっぱり嫌でした」
うんと僕は頷いて、もう美咲には半径三メートルは近寄らない!と思ったのだった。
新太が後からもう一度現れて、美咲からの伝言を伝えに来た。
「千陽に未練あったんだってさ。それなのに千陽は自分がやりたいことや本当に好きな子を見つけてしまって、悔しいってさ!」
なるほど……でも僕は戻れない。桜音ちゃんはギュッと僕の作業着の裾を掴み、決心したように言った。
「で、でも、私は譲りませんから!」
……なんだこれ。可愛いすぎる。
「なんかいいなー、いいなー。羨ましーなー」
そう羨ましがる新太を僕は睨みつける。さっさと帰れって言う合図だ。
「新太……もともとおまえが嵐を連れてきたんだろ!?いい加減にしろよっ!」
「おかげでなんか今、いい雰囲気じゃないか?むしろ感謝してくれよー。まさかの仲良しフラグだったなんてさー……あーあー……呑みにいこーっと」
なんで退屈そうなんだ?なにを期待してたんだろうか?僕と桜音ちゃんは急に来た嵐をなんとか耐え抜いたらしい……。
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