第85話

 父さんの宣言どおり、稲刈りが終わると、夕飯に皆でお寿司屋さんに行くことになった。ちょこんと桜音おとちゃんが僕の隣に座って、私も本当に良いんでしょうか?とまだ心配している。


「こういう時に遠慮はなし!心配しなくても、十分働いてくれたわよ!」


 母さんがそう言う。


 たまきも来ていた。なんか大学の野球部入ってから、さらにガタイがよくなっていた。どこまでデカくなるつもりなんだよ?僕にもう少し、身長をくれてもよかったと思う。


「何、兄貴、見てんだよ」


「いや、元気そうだなと思って……」


「たまに野球の応援でも来いよな」


「来てほしいの?」


「いや、兄貴はいらないけど」


 桜音ちゃんかよ!?


「ふざけんな」


 そんなやりとりをしていたら、母さんがあんたらいい加減にしなさいよ!と言う。


「お寿司のコースとか素敵すぎる!いいんですか!?すごい高いでしょう!?」


 由佳ゆかさんがキラキラと目を輝かせている。いつきがやっと稲刈りシーズン落ち着いたーと疲れきった顔をしている。連日遅く帰ってきていた。


「こんな時に食べないとな!みんなお疲れさん!」


 父さんがビールを高く掲げた。じいちゃんとばあちゃんも出資したから大丈夫とニッコリしている。


「桜音、何飲む?」


 とおるがソフトドリンクのメニューを桜音ちゃんに見せる。


「まて?透、なんで呼び捨てしてるんだ?」


 聞き捨てならなくて、透に僕が言うと、桜音ちゃんが前からですよーと笑っている。


「千陽もまだまだだな」


 この小学生、なにがまだまだなんだよ!?


 栗栖くるす家が集まると賑やかになる。まだ勢揃いはしていないが、これで弟3人がいたら賑やかどころではない。


「おー!栗ちゃん!今日はサービスしとくよ」


「悪いねぇ!」


 寿司屋の大将と父さんは友だちで、寿司を持ってくると二人で仲良く喋っている。ちなみに新太あらたのお父さんもこの仲間である。野菜も魚も使ってくれてる店だ。


「千陽さん、これ美味しいです」

 

「それはカワハギだね。上にのってるのはカワハギの肝」


 幸せそうに食べる桜音ちゃんを見ると、お寿司の10個や20個!いつでも食べさせてあげれるくらいがんばろう!って気持ちになれる。


「アミタケのお吸い物美味しいね」


 おばあちゃんが褒めると大将がありがとうございます!と頭を下げる。アミタケはツルッとした食感のキノコでお吸い物だけじゃなく、大根おろしに和えても美味しい。時々、おばあちゃんも゙山から採ってくる。キノコだけはおばあちゃん、おじいちゃん任せだ。素人は採るなと言われる。


「この焼き魚の横にあるのは松茸!?ずいぶん、お値段がんばってくれたんじゃないの?」


 母さんも感謝する。


「いやぁ。栗栖家が来るっていうから、はりきらせてもらいました。栗ちゃんのお母さんと早絵さんにはいろいろお世話をかけてきてますから」


 何があったんだろう?フフッと笑うおばあちゃんと母さん。


 銀杏が焼いたものが添えられている。懐かしいと桜音ちゃんが笑う。


「小さい頃、ここに引っ越してきたばかりの時、お父さんと銀杏の木をみつけたんです。それで、二人で採って帰ったら、すごく臭くて、お母さんに叱られました。でも炒った銀杏はおいしかったです」


「銀杏は臭いよね。わかる。誰もが一度は失敗するもんだよ」


「おまえと俺もやったことあるよなぁ」


 樹がそう言った。小さい頃、家の裏山へ行って、二人で採ってきたことを思い出す。うんと僕は笑う。


 何気ない昔のことを懐かしみ、こうやって失敗を思い出して笑えることが増えてくることが、大人になってきたってことなのかなと思った。あの時、樹と僕は自分の手や服が臭くて『おかあさーん!』と、半べそかいていた……恥ずかしいから、それは桜音ちゃんには内緒だ。


 その食事会の数日後、桜音ちゃんは、先日の公務員試験の内定通知書を持って、制服のまま、嬉しそうに栗栖家まで走ってきたのだった。


 息を切らせてこれで、一緒にいれます!と笑う彼女を僕は抱きしめた。

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