第84話
小さい田んぼなので、二人だけの稲刈りだった。桜の木の葉の色が変わってきている。秋が本格的になることを告げている。
「小さいから早く終わるよ。この新米、次の休みの日に
「えっ!一緒に行ってくれるんですか?」
「うん。僕も一緒に行くよ」
はい。お願いしますと私は言った。千陽さんが一緒だと、とても心強かった。私は両親のこと、少し苦手なんだなって認めることにした。その気持ちから逃げないで、我慢しないで、向き合いたい。そしたら、苦しくならない付き合い方を両親とできる気がする。
お母さんはあれから、度々顔を見に来るけれど、千陽さんとはどう?とか上手くいってるの?とは、なぜか聞かなかった。前はいろんなことに口うるさかったのにどうしてだろう?
お昼ご飯を
「
「うっるさいなー!別にいいだろ!?とりあえず、米だけ貰いに来た」
「なんですってー!」
「夏希、米はただじゃない。顔見せにこないなら、10キロ5000円な」
千陽さんの顔を見た途端にサァーーーッと顔色が変わった。
「た、高っ!普通に買うより、それ高いじゃん?」
「働かざる者食うべからずだよ。それなのに、なんでタダで夏希に米を渡すかわかるよね?さて、昼飯にしよう」
「兄ちゃん……」
「何かな?」
「あのさ……」
先程までの威勢は消えた。
「すいませんでした」
「うん。母さんもばあちゃんもお前のこと本気で心配してる。たまに顔を見せに来いよ。夏希のこと、みんな、元気なのかって、ちゃんと気にしてるんだよ」
ハイ……としょんぼりする夏希さん。夏希さんのこと、栗栖家のみんなが好きで、だから一生懸命作った美味しいお米を食べてほしくて渡してる。そう千陽さんは言ってる。夏希さんにもちゃんと伝わる。お母さんには素直になれないのかな?早絵さんが相変わらずなんだから……とブツブツ言ってる。
「夏希はお昼ご飯、何食いたい?好きな物作ってやるよ」
パアッと顔が明るくなる。
「オムライス!千陽兄ちゃんのオムライス食べたいんだけど!?」
わかったよと笑って、千陽さんはさっさと台所へ入っていった。私も後ろから部屋に入ると、夏希さんが、ん?と変な顔をした。
「まさか、この子……兄ちゃんの彼女!?」
そうだよーと千陽さんはたまねぎを切りつつ、言う。早絵さんもそうよと頷く。
「えええええ!?………なんだよ。……まぁ、ビジュアルは可愛い。だけど、子どもっぽいし、その細腕で30キロの米袋持てるの?」
「えっ……と…30キロは無理です……」
なんとなく申し訳ない気持ちでそういうと、してやったり!という顔をして夏希さんがハッハッハ!と笑う。
「そのくらい持てないと役にたたな………痛っ!」
ゴンッと千陽さんのゲンコツが頭に振り下ろされていた。ニッコリ笑う。怖い笑顔だった……。
「いい加減にしておかないと、怒るよ?」
ハイ……とまた大人しくなった。もう千陽さん、怒ってますよねと私は思った。早絵さんがヤレヤレと言う。
「三男夏希は極度のブラコン。千陽の言うことしか聞かないのよね。だから桜音ちゃん、嫉妬されてるのよ。気にしないでね」
「あ、なるほど……なんとなく、わかりました」
見てて、すごくわかる。私は納得し、ふかーく頷いた。千陽さんのこと大好きなのね。
「ブラコンとか言うなっ!おまえも頷くなーっ!」
オムライスをポンと置かれると静かになった。スプーンを入れるとトロリと中は半熟卵。黄色と赤のオムライスから湯気がふわりと出る。
「桜音ちゃんもどうぞ」
「千陽さん!私のまで!?……疲れてるのにごめんなさい」
「良いんだー。まだ食べてもらったことなかったしなぁと思ってた」
千陽さんがどうぞ!と言って私の反応を待ってる。私も玉子をスプーンで崩してケチャップご飯と玉子を一緒に口に入れた。
「美味しい!玉子だけじゃなくて、中のケチャップご飯も美味しいです。この味つけ、ケチャップだけではないんですね!?」
「わかる?テレビでソースを少し入れたら美味しくなるって言ってて、ケチャッププラスソースも少し入れて炒めてあるんだ。美味しいって言ってもらえて嬉しいよ」
すごいです!と私は美味しいのと稲刈りしてお腹空いていたのとで、あっという間に完食してしまった。その様子をとても嬉しそうにニコニコしながら見ていた千陽さん。そしてそんな千陽さんを見ていた夏希さんが悔しそうに私に言った。
「なんなんだよ……まあ……千陽兄ちゃんが気に入ってるから、今のところは認めておいてやるけど、絶対に裏切んなよな!」
夏希さんが、また私と千陽さんの様子を見に来るからなっ!と言って、オムライスを食べ、米をもらって帰っていった。
「それは否応なしに、顔を見せに来るってことね……ほんとブラコンなんだから」
早絵さんがとても呆れていたのだった。
夕方、ムーちゃんの散歩へ二人で行く。最近、稲刈りで、忙しかったので千陽さんと遊んでもらえてなかったムーちゃんは大喜びでジャンプしクルクル回り、歓喜のダンスを踊っていた。
その気持ち、なんだかすごーくわかる気がする。ムーちゃんを見て、なぜか共感しちゃう私だった。
ススキが揺れる小道を歩く。他の家の柿の木を見て、千陽さんが美味しそうだなぁと見つめている。立派な柿の木で普通の柿よりもサイズが大きくて、ポッテリとした柿だった。種類が違うのかな?
ムーちゃんが嬉しそうに尻尾を振りながら先頭に立ち、風を切って歩いている。
「そういえば、ムーちゃんはなんで飼うことになったんですか?千陽さんが選んだんですか?」
千陽さんが、そう!それがさ!聞いてほしい!と笑う。
「僕、もともとは番犬を飼うために見に行ったんだ。ほら、たまに農作物の盗難とかニュースにあるだろ?夜とか見回りするときとか連れて歩くのも良いかなあ?と思ったんだ」
なるほど……え?番犬!?
「えっと……ムーちゃんが?番犬!?」
番犬には程遠い気がした。ムーちゃんは誰にでも愛想良くて、撫でてくださいよーと行く。泥棒きても……簡単に懐いちゃいそう。
「保護犬の譲渡会に行ってみたんだけど、そこで一番最初に目があったのがムーだった。通りすぎようとしたのにムームーって変な声で鳴くし、ゲージをガシガシして呼び止めるし……」
無視できなかったんですねと私は笑った。千陽さんらしい。
「そうなんだ。ムーは一人暮らしのおばあちゃんと暮らしていたらしくて、そのおばあちゃんが施設に入るからって理由で譲渡会に出されていた。おばあちゃん……ムーと離れる時に泣いていたらしいよ」
私は千陽さんの顔を見た。その先はなんとなく予想できた。
「千陽さん、ムーちゃんを連れて、そのおばあちゃんに会いに行きましたね」
「えっ!?なんでわかったの!?」
やっぱりと思った……千陽さんはそんなことが普通に何も考えずに自然とできる人なのだ。人の気持ちを大事にしてくれる。だから私があの駅で電車に乗れなくて立ち止まっていたことにも気付いてくれたのだ。
ムーちゃんが丸い目をこちらに向けて何を喋ってるの?という顔をした。千陽さんって人にも動物にも懐かれやすいのかもしれないと思った日だった。
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