第81話

 夏休みの終わりに桜音おとちゃんは少し緊張し、強張った顔をして制服を着て駅に向かっていた。


 なんだろう?たまたま僕は道の駅に野菜を持っていくから通りかかったけれど……声をかけるべきだったのか?それともかけないべきなのか?


 悩んで引き返す。やっぱり気になる。いつもと違う。登校日にしてはおかしい雰囲気だ。


「桜音ちゃん、おはよう!今日、登校日なの?ちょうど道の駅行くから送ろうか?」


 僕の顔を見てびっくりした顔をした。


「おはようございます。こんな時間に珍しいです」


「うん。野菜を置いてこようと思ってて……なんか深刻そうな顔してるけど、なにかあった?……とりあえず、暑いから乗ったほうがいいと思う」

  

 桜音ちゃんはハイと素直に乗った。そしてボソッと言った。


「市役所までお願いします」


「市役所に行けばいいの?」


 なにかの手続きだろうか?不思議に思いながらも車を走らせる。


「実は……二次試験なんです」


「え!?試験!?」

 

「面接なんですけど、私、緊張しちゃってて……」


 頭が追いつかないんだけど……と僕は思いつつ、なんとなくわかったような?


「えーと、つまり、もしかしてだけど、公務員試験受けてるの!?」


「そうなんです。実はこの市の公務員試験受けてます。今日はその二次試験なんです」


 選んだってやりたいことって!?え!?……ど、どうしてそこに繋がった!?と僕が聞く前に桜音ちゃんは口を開く。


 窓の外は田の稲穂が揺れる。黄色い田んぼが見えてきた。早生の田んぼの実りは早い。品種によって、田の色が微妙に違う。静かに話を僕は聞く。


「私、この市の公務員になって、農林水産課に入って、千陽ちはるさんのような農業してる人たちの力になりたいんです。道の駅とか栗栖くるす農園とか新太あらたさんのような漁業してる人とか、一生懸命農業してるおじいちゃんおばあちゃん……それから今からしてみたいなって思ってる人……みんなをサポートする役を私がしたいと思ったんです」


 やりたいことって……こういうことなのか!?ずいぶんしっかりしてると僕は驚いて言葉が出ないでいると、桜音ちゃんはクスクス笑い出した。


「もちろん私だけの考えじゃありません。そんな話を進路指導の神谷かみや先生に話したら、高卒枠で公務員試験があることを教えてくれて、そんな課もあるから、近い仕事ができるんじゃないかって言われました」


「神谷……カミヤン!?あー……僕の時は生活指導の先生だったよ……めちゃくちゃ怖かった」


 新太あらたのせいで何度か、とばっちり受けた。


「ええっ!?とても親切な先生でしたよ?優しくて、相談したらきちんと調べてくださったり、面接の練習もしてくれました」


 なんか差を感じる……。


「そうなんだね。神谷先生に感謝したいよ」


「千陽さん、棒読みですけど……まぁ、良いです。それで、試験を受けたんですけど、筆記試験よりも今日の面接が緊張しちゃってて……」


「大丈夫だと思うよ。桜音ちゃんが、今、僕に言ったこと言ってくればいいんじゃないかな?すごい熱意だった」


 栗栖農園飛び越して、全体を見ていたなんて……すごすぎるよ。それがカミヤンに相談して、やってみようって思うこともすごい。まさか公務員試験だったとは思いもよらなかったなぁ。


 何かをやりたいと思った時の人の強さははかりしれない。そう知っていたはずなのに、目の当たりにすると、とても驚いてしまった。


「帰りも待ってる。頑張っておいで」 


 花壇にひまわりが咲いている市役所の前で降りる。桜音ちゃんは待っててくれるんですか!?と目を丸くした。うんと僕は頷いた。


「お昼に、なにか美味しいもの奢るから食べて帰ろう。だから待ってるよ」


「なんだか頑張れそうな気がしてきました」


 いってきますと笑顔になる。少し緊張が解けて歩いていく彼女は眩しかった。


 僕も農業しようって決めた時、あんな顔をしていたのかな?


 そしてハッと気付いた。桜音ちゃんはここにいるっていう進路を決めて、選択していたことを。それも僕が考えていた以上のしっかりした道で……。


 あのやりたいことがみつからないと去年、とても心細そうにしていた彼女はどこへいったんだろう?去年と同じ夏の空の下、同じ夏の空気の中なのに……。


 そして桜音ちゃんの選択肢にすごく嬉しい。そしてすごく愛を感じる。


 僕は桜音ちゃんを見くびっていた。彼女は僕と同じ目線で同じ世界までいつの間にか来ていたんだ。

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