第79話
あれからすぐに夏休みに入った。
変な視線も気配もあれからはなんにも無い。スッキリとしたものだった。ホントに怖かったから、ホッとした。
千陽さん、すごかったんですよ!と
「昔からちっこくて可愛い顔してるから、けっこうからかわれたり、他のやつにイジメみたいに絡まれたりしたんだけどさ……その度にやめとけ!って思ったね。相手を何回止めてやったか!」
相手を……止める?え?それって……どういう意味だろう?
「余計なこと言うなよ!」
千陽さんがキュウリとトマトとナスを袋いっぱいに持ってきて、大量に新太さんに渡す。相変わらず、すごい量だと新太さんが笑う。
「千陽に手を出したやつは全員、返り討ちになってた。やられたやつらは数しれず」
「ええええ!?千陽さん、優しいのに!?」
ウンウンと新太さんが頷いた。
「いつもニコニコしてるやつが本気で怒った時、一番怖いもんだよ。喧嘩は強い」
バッと私は千陽さんを見る。ちょっと顔が赤い……なんで恥ずかしそうなのかわからず、首を傾げる。
「話を盛ってるからね!?今は大人だから、そんな喧嘩とかしないよ?」
「ハハッ。大人ぶるのをやめろって言ってるのになあ?カッコつけずに桜音ちゃんと同じ目線になって、たまにハメはずしても……あ、そのカボチャ、投げないよな?カボチャは痛い」
「おまえ……なにしに来たんだよ!?帰れ!さっさと帰れ!」
私はクスクス笑う。新太さんといるときの千陽さんはどこか子供っぽくて、二人のじゃれ合いがとても面白い。
「私、昔の千陽さんの話、聞きたいです」
「いや、いいから!」
千陽さんの慌てた言葉にウヒヒヒと変な笑い方をして去っていく新太さん。
「魚、冷蔵庫入れてくるから日陰で待ってて」
そう言って、家の中へ行く千陽さん。私は歩いて日陰に移動しようとすると、中庭の方におばあちゃんの姿が見えた。なにしてるんだろう?
見に行くと、おばあちゃんも私に気付いて、ニコッと笑う。
「表が騒がしいと思ったら、新太くんかね」
「そうです。お魚を持ってきていました……これ、梅干しですか?」
そうだよーとおばあちゃんは赤い手をしながら、容器からまだ少し赤味の足りない梅を取り出して、どんどん大きなザルに並べていく。
紫蘇の香りと梅の香りがする。なんだかお腹が空いてきてしまう。
「良い香りです……私、この香り好きです」
「そこの赤しそ摘んで食べてみても良いよ」
えっ!なんで……食べてみたいってわかったんだろう?私は赤しそを摘んで口に入れる。塩辛くて、でも香りが良い。
「白いご飯食べたくなりますね……」
「アハハ。この梅干しできたら、桜音ちゃんにもあげるよ」
おばあちゃんは玄人で、そう言ってる間に梅干しをキレイに並べ終えている。すごい手早さ。
「楽しみにしてます。ご飯にのせて食べたいです」
「去年のもあるから、お昼にでも出そうかね。梅干しは熱中症予防にも良いから、朝ごはんに一粒食べるようにしてるよ」
「梅干し、効きそうですね」
私のことをジッと優しい目で見つめて、おばあちゃんは尋ねてきた。
「桜音ちゃん、千陽は優しいかい?ちゃんと大事にしてくれてるかい?」
「それはもちろんです!……千陽さん、大人だから私なんて相手にならないし、手が届かない存在だって去年の夏は思ってて、だから、今がすごく夢のようで……こんな私で良いのかなって思ったりもしたり…」
「おばあちゃんにしたら、千陽も桜音ちゃんに変わらないくらい、まだまだ子どもだよ。二人とも良い子だから、幸せになって欲しいって思うよ」
「おばあちゃん、ありがとうございます……私、ちゃんと千陽さんの優しさを受け取ってばかりいるんじゃなくて、自分もしっかりした人になって、みんなから貰ってる優しさを私も返せるような大人になりたいなって思ってて……」
私がそこまで言うとおばあちゃんが私の後ろを見て怒鳴る。
「千陽!コソコソしてないで、出ておいで!」
ち、千陽さん!?私が振り返るとヒョコッと現れる。
「バレてた?」
「なにしてるんだね!まったく子どもだね……」
おばあちゃんにそう言われる千陽さんは確かに子どもっぽかった。
「どこから聞いていたんですか!?」
内緒だよと笑う千陽さんにおばあちゃんは呆れたようにまったくと言い、梅干しで赤くなった手を洗うために行ってしまう。
私は暑さだけじゃない顔の火照りを感じる。
「梅干しでお昼は和風パスタでも作ろうかな〜」
「ああっ!最初から聞いてましたねーっ!?」
私が言うと、アハハハと笑い声をあげる千陽さん。
チリーンと縁側の風鈴が風に揺らさられて鳴った。梅干しの香りとその音に私は振り返る。
来年は梅取りから教えて貰おう。この風景、私は大好きだと思った。こんな昔ながらの風景を残していきたい。
私が選んだ未来の道がそこに繋がってると良いな。
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