第67話
「ここのお米ができたら、桜音ちゃんにもあげるよ」
田んぼの補植が上手くなって手早くなっているなぁと思った。時々「オタマジャクシいます!」とか「タニシも!」とか言って僕に生き物を教えるから……可愛すぎる。
太陽の光がキラッキラッと揺らめく水面からパッと顔をあげて嬉しい顔をした。
「本当ですか!?楽しみです!」
うんと僕は頷いた。天候が良くて、美味しく育つと良いんだけどな。小さな鳥がピチチチと鳴きながら素早く目の前を飛んで通り過ぎる。
近くに生えているミズブキを採って帰ろうとすると、桜音ちゃんはそれも興味津々で、食べれるのですか?と聞いてくる。なんだかせっかくのお休みに手伝いばかりで申し訳ないと思っていたのに、楽しそうにしてる彼女に、僕はありがとうと感謝しかない。
田植えは順調に終えて、ゴールデンウィーク最終日は庭でバーベキューをした。
「
黒髪、黒メガネの好青年に見えるJA職員の樹。田植え時期は忙しすぎて、やっと今日休みなんだよと言っていた。優や環がいないことに気づいたらしい。
「明日帰るから、友達と遊びに行ってるよ。環はずっと野球の合宿で県外だ」
「はー、大学生、羨ましすぎる。でも環は野球部の寮に入ったんだって?相変わらず野球馬鹿だよなぁ……おっと、はじめまして。長男の樹です。こっちは透と由佳」
桜音ちゃんに挨拶する。
「お姉さん、千陽のカノジョ?カノジョなんだって?」
透がふざける。その後首を由佳さんにひっぱられる。
「からかわない!小学生になったら、生意気になってきてさー、ごめんね」
サバサバとしている性格で、明るく謝る看護師の由佳さん。
「いいえ……はじめまして。
彼女と言われて照れたらしく、顔を赤くしてる桜音ちゃん……小学一年生にカノジョと言われて照れなくても……と思うが、そんな彼女も可愛い。
「農業してて偉いわ……私なんて、結婚する時に手伝いません宣言したのよ」
「えっ!?」
桜音ちゃんが首を傾げている。母さんがバーベキュー用の皿を配りながら、クスクス笑っている。
「実は由佳さんの実家は畜産しててね、朝から晩まで、生き物の世話。生き物だから遠くへ旅行もできない。……で、樹と結婚するときに、私はこりごりなんです!と言ってて、しなくて良いのよと言ったわけ」
「他のことなら、なんでもしますって言ってるの。桜音ちゃんもなにかあれば言ってね。力になるからね」
そう言って、由佳さんは連絡先の交換しておこう!とすでに桜音ちゃんと連絡先の交換している。
でも
「ありがとうございます」
桜音ちゃんはニコニコして素直に好意を受け止めて、お礼を言っている。僕のなにか言いたげな視線に気づき、由佳さんがポンッと肩を叩いて、ボソッと言う。
「いいわね。あたし好みの美少女よ」
「はぁ!?」
僕が驚くと、満足そうにフフンと笑っている。由佳さん、怖い。敵なのか!?味方なのか!?とやや不安になった。
ジュワッと音を立てて、肉や野菜が焼かれていく。樹が焼いてくれている。脂が落ちて、煙が出てきた。焼き係は毎年樹がしていて、鍋奉行のように、まだ早い!とか今が良い!とか言うんだ。
「肉はあたしの実家のものなのよ。美味しいわよ〜」
「お肉が柔らかい!パサパサもしてしないしかなり美味しいです!」
桜音ちゃんにそう言われて、由佳さんはそうでしょーいっぱい食べて大きくなりなさいと笑う。太ってしまいそうで困りますと桜音ちゃん。なんか楽しげにやりとりしてるなぁ……。
「早く食べろー!次々と焼いていくぞ」
樹の声にハイハイとじいちゃん、ばあちゃんも焼けた肉をさや野菜を手に取る。父さんはビールを美味そうに飲んでいる。僕もビール……と、クーラーボックスの中からキンキンに冷えたのを手に取る。
母さんはおにぎりと漬物もここ置いとくからね〜と皆に声をかける。
「透、ジュースは?桜音ちゃんはジュースとお茶、どっちにする?」
僕がそう聞くと、樹が飲み物より先に肉を持ってけ!と怒る。焼肉奉行だな……。
「フフッ。千陽さんも食べてください。自分で持っていきますから、大丈夫です」
僕と兄のやり取りを見て、可笑しそうに笑う桜音ちゃん。透と二人で『どうする?何にする?』と、クーラーボックスの中を相談しながら眺めている。
少し陽に焼け、前よりも健康そうな桜音ちゃんになってきてる。疲れた様子もなく、体力ついたなぁとマジマジと見た。
おーい!次は野菜も持ってけー、焼きそば作るぞ〜と樹が皆に声をかけた。
春の夜の空に月が登ってきて、栗栖家の庭の楽しい声が明るい空に響く。その声の中に混じる桜音ちゃんの笑い声もある。
また来年も再来年も……こうして過ごせたらいいのになと僕は月に願った。
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