第64話
職員室から私は失礼しましたと出ていく。就職の相談を先生にしていた。親身になって聞いてくれる進路指導の先生で、ホッとした。
就職して、一人で立てる人になる。確かにお母さんのいったことは間違いでは無いと思う。私は
まずできることといえば、ゴールデンウィークに
家に帰ると、1台の車が停まっていた。嫌な予感がした。お父さんの車?私の姿を見て車から降りてきた人がいた。
「あっ!
お父さんじゃなくて、奥さんの方だった。私はこの人が苦手だ。顔を見て、その笑顔にゾッとする。人の笑顔でゾッとするなんて失礼かな……と思いつつ挨拶する。
「こんにちは。どうしたんですか?」
「ちょっと家の中見せてくれる?カーテンとかインテリアとか変えたいの」
断りたい……鍵を開けると同時に私より先に入っていく。
「あら……こんなカーテンなの?ダサいわね。変えたほうが良いわねぇ。ちょっと測らせてね」
「こんな食器やお鍋しかないのね。要らないから、全部処分しておいてね」
「庭、何植えてるの?ちゃんと庭も綺麗にしておいてね。あの木とか邪魔だから切っておいてもいいわ」
「この食器棚は使うから、このまま置いておいて良いわよ」
私に言い聞かせるように、次々と必要か不必要かの指示を出す。その度に……私はハイと小さく返事をするしかなかった。
私の家の思い出の物をゴミ扱いしていく。呼吸をしなくちゃと一生懸命空気を吸う。
だんだん声を聞いていると、頭の奥から痛みがしてきた。我慢できなくなるくらいズキズキしてくる。目眩がする。
「……だから………そう………あなたの………」
何言ってるのか……わからない。私は椅子の背を辛うじて、持ったまま、倒れた。ガタッという音と共に、床に膝がつく。
キャア!という声。私はすいませんと謝る。
「頭が痛くて、すいません……」
「確かに顔色悪いわね。大丈夫?体調が悪いなら、悪いって言ってくれない?それなら出直したのに……だから、あなたのお父さんも桜音ちゃんのこと扱いにくいっていうのよ」
気まずげに……そう捲し立てて、家から逃げるように出ていく。
私は洗面所へ行く。吐き気がするものの、吐けない。何度か吐いてみようとしたけど、無理で、ふらつく足で、リビングに戻る。呼吸……苦しい。
あのカーテンはお母さんと私が一緒に選んだものだったし、食器もお鍋もずっと昔から使っていた思い出の物だった。指さして切ってと言った庭の木は私が欲しいとねだって、お父さんが仕方ないなぁと言いながらも、一緒に植えたブルーベリーの木だった……なんで……なんで全部………捨てなきゃいけないの?私しかもう大事思っていない。その現実を目の前に突きつけられて、吐き気がし、呼吸がうまくできなくなった。
立てない。呼吸を吸ってもうまく吐けなくて……膝をついて動けなくなった。息ができない苦しい。
ポケットから電話を出す。
誰?誰を呼ぶ?お母さんはダメ。お父さんの新しい奥さんが家に入ってきて、こんなことしてるってわかったら、きっと嫌だろうって思う。
……千陽さん?
私、今、助けを求めてもいいのかな?メールは気づいてもらえる?……仕事をしてるなら、気づかないかも?それに迷惑をかけてしまうかも?………ううん。そんな考え方、違う。前とは違う。そう私は思って……千陽さんを信じて、震える指で押す。
……千陽さんは、私の途切れ途切れの声を聞いて、慌てて飛んできた。つなぎの作業着、帽子をかぶり、タオルを首に巻き付けたまま。
焦りと不安を浮かべた顔をし、私に駆け寄ってくる。私はその胸に倒れ込む。今は素直になれる勇気を持ってる。助けてほしいと……言えた。
「ごめん!遅かった!?……大丈夫!?病院行く!?行ったほうがいいかな!?」
しばらく、こうしていてほしいです。そう私は小さい声で言った。静かに千陽さんは胸の中を貸してくれていた。呼吸が落ち着いてくる。
「……どう?苦しくない?」
「はい……大丈夫みたい……です」
手や足の指先が痺れている。でも少しずつ良くなってきてるのがわかる。
「我慢しないで、泣いても良いんだよ?」
「……涙、出なかったんです」
「なにがあったのかな?」
私が今起きていた出来事を伝える。千陽さんは普通の表情を保とうとしたけど……失敗した。ギュッと目をつぶって開く。ギリッと奥歯の音がした。お、怒ってる!?見たこともない千陽さんだった。
「……っのやろう!桜音ちゃん!ごめん、ちょっと行ってくる!お父さんの家を教えてもらっていいかな!?」
険しい顔つきをしている。いつものニコニコとした余裕のある雰囲気は消えている。鋭い目つき。
『兄貴は喧嘩が強いんだ』そう栗栖先輩が言っていたことを思い出した。
「ま、まさか……殴り込みに行きませんよね?」
「さあ……どうかな?……とりあえず今すぐ、行ってくる」
「えーと、落ち着いてください。千陽さん、あの……服や顔に泥がついてるので落とさないと………」
ハッ!とする千陽さん。
「あああ!ごめん、桜音ちゃん、汚れてない!?しかも汗臭いよね!?」
慌てて、私から離れる。そんなつもりじゃなくて……と私は言う。
「汚れても良いです。私、千陽さんの……おかげで、苦しいのが、止まりました」
千陽さんが大丈夫?と私に触れかけ、しまった!手が汚れてる!と手を止めた。慌てて来てくれたんだってわかる。
「お仕事してたのに、ごめんなさい」
「それは気にしないでいいから……こんな時に呼んでくれないほうがショックだよ」
そう言って微かに笑う千陽さん。私はほんとに感謝していた。以前のように一人ぼっちで泣かなくてよくなった。一人で苦しまなくてよくなったんだって……そう思った。
千陽さん、大好きですと私が言うと、僕もだよとやっといつもの雰囲気に戻って答えてくれたのだった。
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