第58話
一人で行ってくるなんて
夜の国道を走る。今日は軽トラではない。普通の乗用車。
街の中の土地が高い住宅地に一戸建ての家。そこが桜音ちゃんのお母さんが住んでいるところだった。
周りには薬局やスーパー、病院、カフェにハンバーガーチェーン店、ファミレス、スポーツジム、夜遅くまでしている本屋などなんでも店があって便利そうだ。さすが県庁所在地だな。なんて呑気なこと思ってる場合じゃない。
インターホン越しに挨拶をする。白いシャツに黒の綿パン……真面目な人に見えるよね?と兄の
「こんばんは。
『……こんばんは。今、扉を開けます』
桜音ちゃんのお母さんの声がして、扉が開いた。僕を見てちょっと驚く。
「えーと……桜音の同級生じゃないのよね?」
親子だなぁ……桜音ちゃんも最初に僕を高校生と間違えていた。
「ええ。違います。電話でもお話をしたんですが……10歳年上なんです。こうみえても」
「それは失礼したわ。どうぞあがって」
案内された居間には桜音ちゃんの新しいお父さんもいた。メガネをかけた優しそうな人だ。
僕がペコリと挨拶をすると、座ると良いよとソファに促した。
「コーヒーでいいかしら?飲める?」
「はい。ありがとうございます。ブラックで大丈夫です」
さて……と、お父さんが口を開く。
「新しい父と言っても、部外者みたいなものだから、傍観し、傾聴させてもらうよ」
傍観と傾聴か。便利な言葉だねと思い、僕は何も言わずに、ニッコリ笑う。
「それで、あなたは10歳年上で、地元で農業していて、桜音と付き合いたいって本気なの?あの子は高校生なのよ?」
「知ってます。出会った時、制服を着てましたから……未成年なので、挨拶をしてから付き合いたいと思ったんです。隠したりコソコソしたりするのは嫌なので」
「そこは付き合う許可をくださいって言わないの?」
「許可を貰えるなら頂きたいですが、反対されることは当然だと思ってます」
コーヒーを飲みながら僕は良い豆のコーヒーだなぁと思った。余裕があるわけじゃないけど、冷静で今のところはいる。
「反対されるって、常識的に考えて、当たり前でしょう?高校生と付き合うって……あなた、わかってるの?今年、高校3年になって、あの子の未来を決める大事な時期なのよ」
じゃあなんで、大学や他の学校へ行く道も残してあげないんだよっていうのはコーヒーの苦味と一緒に飲み込む。この新しいお父さんは傍観と言った。傍観者にお金を出してもらうってことがお母さんにとっては嫌だったんじゃないかなと思う。
……そして進路に迷うって困っていたあの夏の桜音ちゃんを僕は知ってる。このお母さんはそれを知らない。すごく距離のある親子だと思う。
「そのことについても話したいと思いました。僕は桜音ちゃんが進路を決めて、したいと思ったことは止めません」
「もし桜音が東京へ行くって言ったら?どうするの?あなた離れられるの?」
「そういう選択をすることもありえるし、離れなきゃいけない時があるってことも覚悟してます」
桜音ちゃんには言ってないけど……と、僕は思いつつ、返事をする。付き合う前に悩んで考えていた。まだ若くて、桜音ちゃんがこれから自分のしたいことを探す旅に自由に出れるように気持ちを伝えずにいようって思っていた……でも僕は言ってしまった。手を離す覚悟をして好きだと言ったんだ。今の桜音ちゃんを知りたくて守りたくて決断したことだ……グッとテーブルの下で拳を作る。
「それに高校生なので、手は出さないよう家の母にも言われてて……そのつもりです」
出す前に釘をさす母の顔が浮かび、ため息が出そうになる。わざと母を引き合いに出したのは第三者がきちんと僕たちを見守ってるってことを知らせるためだ。
「口約束だけならだれでもできるわよ?それに世間的にも10歳年下の子を本気で好きになるってどうかと思うし……なんだか気持ち悪いわ」
グサッと刺してくるなあ。こういうことを言われるって予想していた。桜音ちゃんに聞かせたくなかったから、僕は一人で来たんだけどさ。
「どう思われても仕方ありません。でも大切にしたい気持ちを信じて頂くしかないです」
「桜音をたぶらかした男としか思えないわ。今すぐ桜音をここに連れてきたい気持ちでいっぱいなのは理解してもらえるかしら?」
「心配なのはわかります」
どうしたら信用してもらえるか?……すぐに信用してもらおうなど絶対に無理だろう。
「今度、栗栖家に来ませんか?」
「え?」
「今日、挨拶をして、すぐに信用してもらうことなんて、無理だって思います。少しずつ時間をかけて僕の言葉を信じていってくれると嬉しいです」
今度、栗栖家に招待することにした。
帰り際に桜音ちゃんの新しいお父さんが言った。
「君、すごいね。普通は親の所に挨拶に来るって緊張して上手く話せないもんだろう?」
「大家族なので、僕は人が嫌いじゃないですし、人懐っこいほうかもしれません。後、やっぱり桜音ちゃんのお母さんは桜音ちゃんにどことなく似てるので、話しやすいです」
そう言って、僕がニッコリと桜音ちゃんのお母さんに微笑むと、一瞬驚いたような顔をなぜかして、そして苦笑された。
「帰り道……暗いし、遠いから気をつけて帰りなさいね」
そう声をかけてくれた。僕はありがとうございますとお礼を行ってから車に乗った。
帰り道、行き交う車のライトの道を走りながら、一人の女の子の人生を考えることってこんなに重いんだなあって思った。
でもこれが君の重さなら嫌じゃない。届かないって思っていた時の方が何倍も何十倍も苦しかった。
海岸が見える道路に出た。高いところに月が見え、春の暗い海を照らす。手が届く距離にいる今を僕は大事にする。もし離れてしまう選択を桜音ちゃんがしたとしても。
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