第57話

 千陽ちはるさんが言った。


桜音おとちゃんのお母さんに会いたい。きちんと付き合いますって挨拶を先にしておきたいんだ」


「だ、だめです!お母さんは厳しくて……つきあってることがバレたら、絶対にお母さんの住むところに連れていかれます」


 私が動揺しているのに、ハイと冷静にお弁当を渡される。


「フキノトウ味噌の焼きおにぎり、ほうれん草のおひたし、鯖の竜田揚げ、椎茸チーズ焼きだよ。椎茸は桜音ちゃんが手伝ってくれたやつなんだよ。ちょっと色彩が地味になっちゃったけど……えーと、大丈夫。また後から話をしよう。ちゃんと大丈夫なようにするよ」


 私は大丈夫なようにする?という意味がわからなかったのに、なぜかとても心強かった。千陽さんが大丈夫って言えば大丈夫なような気がした。


 ムーちゃんが喋ってないで、早く撫でてよーと足元でクルクルと回ってる。時折、ジャンプする。私は、あっ!ごめんねとムーちゃんに謝って、フカフカの茶色の毛並みを撫でる。


 誰かを好きになって、同じ気持ちで歩いていけるなんて、なんて幸せなんだろう。電車に乗る前にそっと振り返ってみると千陽さんと目が合った。いってきますとちょっと恥ずかしくて、小さく手を振ると、千陽さんがアハハと笑って、早く行かなきゃ遅れるよと電車を指を差してムーちゃんと見送ってくれる。 


 二人で悩める幸せな日々。駅はソメイヨシノの桜が満開で、青い電車に映える。電車は桜のトンネルをくぐるように発車し、動き出した。


 桜の花を見るたびに、あの日の特別な景色が蘇り、心を暖かくさせる。


「なんか良いことあったのね?」


 新学期になり、茉莉まりちゃんがじっと私の顔を見て、尋ねてきた。3年になっても茉莉ちゃんとは同じクラスで、私は良かったーとホッとした。


「う、うん……栗栖くるすさん……千陽さんの彼女になれたの」

 

 ガタンッと立ち上がり、ギューーーッと私を抱きしめてくる茉莉ちゃん。突然のことに動けない私。


「良かった!良かったわね!」


 まるで自分のことのように喜んでくれている。


「ま、茉莉ちゃん!?落ち着いて!」


「なんかね……すごく嬉しいの。桜音がいろんなこと我慢してきて、自分を押し殺してきたこと知ってたのに、私は何もできなくて……でも栗栖さんに出会った桜音は昔の桜音みたいな明るい顔になっていってて……桜音を取り戻してくれてありがとうって私からも言いたい!」


 茉莉ちゃんの目が潤んでいて、私までもらい泣きしそうだった。


「ありがとう。茉莉ちゃん……ごめんね。心配かけてて……でも私、ちゃんと茉莉ちゃんからも力をもらってたよ」


 そう言ってくれて嬉しい!ともう一回、ギューと茉莉ちゃんが抱きついてきた。


 他のクラスメイトがそんなに同じクラスになれたのが嬉しかったの?と可笑しそうに笑っていた。


 新しい教室、新しい学年、新しい席……そして高校最後の年。


 外から暖かさを感じられる春の風が入ってきた。きっといろんなことが始まる予感がした。

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