第59話
山に入ると、木々か高く密集している所は薄暗い。山の方は気温が低かったり、日陰の場所があったりするので、山菜の時期が少し遅いんだと
春の山は瑞々しい空気が流れている。湿った土の匂いがする。静かで、鳥と水の流れる音しかしない。木々の間から差し込む光は一直線の線に見え、地面を照らす。
タラの芽、コシアブラ、わらび、ウド……と、一つ一つ教えてくれて、私も同じような植物を一生懸命探す。子どもの頃にしたことが一度あったけど、その程度でうろ覚えだった。知識はないに等しい。
「ありました!合ってますか?」
「あ、そうそう!大丈夫。合ってるよ」
一度、採れると楽しくて、夢中になって斜面や草むらにザクザクと足を踏み入れて行った。
「待って!一人であんまり遠くに行かないようにね……僕が見える範囲でお願いします」
夢中すぎて私が離れすぎると、クスクス笑って千陽さんが迎えに来る。
「ご、ごめんなさい。楽しすぎて……」
「いや、イノシシとか居たら、危ないからね。
熊は今年はまだ目撃情報ないけどさ」
くまー!?私はその言葉に驚いて、千陽さんの傍になるべくいよう……と思ったのだった。
「こっち、日なただから、わらびがけっこう出てるよ!もう少ししたら、大きいやつもできるけど、まだ時期的に早いから細いなぁ」
「そうなんですね……山菜も売れるんですか?」
私のは適当すぎて商品にはならなさそうだった。でも千陽さんのはきっちりきれいに採って束ねている。なんでもできるんだなぁ……と感心してしまう。
「うん。昔はおばあちゃんたちも採りに来ていたんだけど、最近は歳をとって、なかなか山へ入れない人たちも増えたんだ。でも山菜が好きで食べたくて、道の駅やスーパーで買えるのが助かるって言われる」
「山菜採り楽しいけど、採りに行くのは大変ですよね……」
「
葉っぱ、髪の毛に付いてるよと笑いながらとってくれる。その髪に触れる仕草にドキドキしてしまう私だったけど、千陽さんは子供のように夢中になってしまった私を笑ってて、恋人っていう雰囲気ではない。
私、ばっかりドキドキしてない?大人の余裕のある千陽さんにはなかなか敵わないよねとちょっと悔しい。
「千陽、たけのこをばあちゃんに渡しといた。アク抜きしてたぞ」
山から帰ってきて、
「たけのこを掘るのはじいちゃんが一番上手いんだ。地面の上に出てるか出ていないか?ってくらいの大きさのたけのこの方がエグみがなくて美味しい。見つけるのが難しいし、それに掘る時に僕だとたけのこを折りやすい」
千陽さんすら難しいものらしい。おじいちゃんは得意気にハッハッハ!と笑って納屋の方へ行った。
1台、車が止まった。バーンと勢いよく扉を開けて出てきたのは賑やかな人だった。
「おーい!魚、持ってきたぞ!……うわ!桜音ちゃんもいたの?相変わらず、美少女だ!可愛いね!」
確か、漁師の
「春の魚、持ってきてやったぞー!しかもちゃんと捌いてきてやるオレ、偉くない?」
「あー、偉い偉い」
適当に相槌を打ち、発泡スチロールを受け取る千陽さん。
「もっと感謝しろよ!?」
「えーっと……ありがとうございます」
私がお礼を言うとニッコリ笑って新太さんがどういたしまして!と言う。
「いやぁ、良かったよ。千陽けっこう悩んでてさ、それはそれで面白く……あ、いや、ごめん。さーて、帰るかな!」
私の背後から……なんだか千陽さんの気配がするけど、怖い雰囲気が漂う。
「新太、余計なこと言うと………いてっ!」
バシッという音に私が振り返ると、後ろから千陽さんのお母さんがやってきていた。背中を叩かれたらしく、なにすんだよ!?と言う千陽さんの非難は流され、お母さんは新太さんに言う。
「新太くん、いつもありがとうねー。魚、こんなにたくさんいいの?」
「もちろんです!こっちもいつも貰ってるし!……じゃー、また千陽、飲もうなー!」
「……またな。酒、程々にしておけよ」
「桜音ちゃん、千陽に飽きたら、ぜひオレがいることを覚えててくれ!」
「帰れ!さっさと帰れ!」
返事に困っている私の前に出て、追い払うように言う千陽さんだった。
やれやれ、あんたらは相変わらずねーと千陽さんのお母さんが言うのだった。
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