第62話

 デートしよう。そう提案した。日曜は農作業じゃなくて、どこかへ出かけることにした。田植えの時期に入ると、たぶんなかなか出かけられないし、今がチャンス。


「おはよう。今日は軽トラじゃないよ」


 冗談っぽくそう言って迎えに行く。今回は乗用車だった。


「ちょっとさすがに一時間以上のところはね……」


 桜音おとちゃんが大丈夫ですと言ったが連れて行ったのは動物園で、一時間どころか二時間近くはかかる。軽トラは無理って言った意味がわかったらしく、なるほど……思ったより遠かったですとつぶやいていた。


「さー、行こう!」


 入口で入場券を2枚買う。まだ開園したばかりだから並ばずに済んだ。


「いつもの農作業のお礼で、今日は奢り……って、そろそろ給料払うくらいのお手伝いをしてもらってるから、バイト代払うって母さん言ってたよ」


「そ、そんなのいらないです!」


「……って、言うかもしれないとは思ったけど、労働に対して、正当な評価をしてるから受けとって欲しい。来月から払うって話していたよ」


 母さんは桜音ちゃんが戦力になる!と言った。それがすべてだ。他の家族も異議なし。真面目に働く彼女に誰もが納得している。


「じゃあ、私、夕飯やお弁当いただいてるから、きちんとその分を抜いてください……悪いです」


 律儀だなぁと僕は笑った。でも桜音ちゃんは真剣な顔だった。高校生だし、欲しい物もあると思うんだけどなぁ……と思いつつ、遠慮しちゃうところが桜音ちゃんらしいなとも思った。


 春の動物園は家族連れが多く、そこそこ賑わっている。


「うわぁ……」


 桜音ちゃんがマジマジとお猿さんが餌を手で掴んで食べているのを見ている。千陽ちはるさん、餌を食べてますよ!と僕に振り返って笑顔で、教えてくれるのが……すごく可愛い。お猿さんじゃなくて、桜音ちゃんをつい見てしまっていた。  


「トラ、ライオン……このへんは迫力ありますね」


「……寝てるけどね。寝てると巨大猫みたいだよね。可愛いよね」


「そうですか!?怖いですよ」


 体は大きいけどゴロゴロしてて可愛く見えるんだけどなぁ。


 カンガルーにプレーリードッグ、アルパカなどを見て回る。


「どの子も可愛いです!でもあのちょっとお間抜けな子も好きです」

 

 コケたプレーリードッグを指差す。ホントだと僕も笑ってしまう。でしょう?と桜音ちゃんも笑う。


 定番のゾウやキリンも見た。桜音ちゃんはフカフカの尻尾のレッサーパンダが気に入っちゃったとニコニコしている。もう一回見てもいいですか!?と僕を千陽さんこっちですと呼ぶ。こうやっていると、年相応にはしゃいでる桜音ちゃんに嬉しくなる。


 いちいち名前を呼んでくれるのも嬉しい。僕はなんだか高校生に戻ってしまったような感覚がする。そういえば、新太あらたに初恋だろと笑われたけど、そうかもしれない。


「あのレッサーパンダ寝そべってて、伸びてて可愛い。……なんで土を掘ってるんでしょう?」


「なんでなのかなあ?」


 二人で並んで、何気なくかわす会話。こうやって恋人同士として隣り合ってる幸せ。もしこの先、桜音ちゃんと一緒にいることが叶わない日がきても、別々の道を進むことになっても、歳をとっておじいちゃんになってもきっと僕は……桜音ちゃんが僕の人生にいたことを忘れないだろうなと思った。


 今、君のためにできることを僕は頑張りたい。そう隣で笑顔でいる桜音ちゃんを見て、心からそう思った。

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