第54話
春休みになり。私はせっせとじゃがいもを植えていた。
「
「これは商品じゃなくて、家で食べる分なんだ」
「家の分ですか!?……その割に量が多いような気がします!」
「皆に配るからね。じゃがいもは喜ばれる」
栗栖さんがキャップ帽子のつばをあげる。私はじゃがいもを全て穴に入れることができて、ホッとした。
「桜音ちゃん、上手くなってきたね」
褒められた!私は嬉しくなって、頬が緩む。
「本当ですか?」
うんと栗栖さんは頷く。そして、お昼だな……と呟いていた。
「軽トラに乗って。今日さ、お弁当作ってきた」
「え!?お休みの日なのにですか?」
学校ないのに?私が目を丸くすると、ニコッと笑う。
「今日は外でお弁当にしよう。特別なところを案内するよ」
特別なところ?ガタガタと軽トラは山道を登って行く。車を止めて、小さい道を歩いて行く。
立ち止まったところは田んぼと………。
「桜?もう桜が咲いてる!?」
サアッと春の風が吹く。白っぽい桜が風に揺らされると花びらが散り、舞い、田んぼの水面にヒラヒラハラハラと落ちる。とても綺麗で、しばらく見惚れる。鳥の声だけが聞こえる静かな所だった。
栗栖さんは桜の樹の下へ行こうと私の手と自分の手を繋ぐ。温かな手の温度が伝わる。それだけで、もう私の心がドキドキしてくる。
「この田んぼは僕用にくれたんだ。ここで無農薬の米が作れないか試してる。将来的に無農薬米を売り出せたら良いなぁって思ってる。でも他の家の田んぼが近いと、病気や虫がうつって、迷惑をかけるから、ここでしてるんだ。水が綺麗だから美味しい米が作れる」
それで……と、栗栖さんは続ける。
私の胸が高鳴る。揺れる。騒ぐ。
真剣に話す栗栖さん。特別な景色を見せてくれる栗栖さん。
「ここの桜は山桜で、ソメイヨシノよりも咲くのが早くて、綺麗だから、春が来たら桜音ちゃんに見せたいって思ってた。ここでお花見弁当もいいかなって………桜音ちゃん!?」
私は涙が溢れる。栗栖さんは驚いた顔をしている。
もうダメなの。我慢しようとしても、好きって気持ちが溢れてきて、止められない。栗栖さんのいない世界は考えられない。
もし栗栖さんに会わずにいたら、私はずっと孤独で寂しくて、ただ生きてるだけの人形だったと思う。私に必要なの。生きていくためにどうしても栗栖さんが欲しいの。
こんなワガママで月をとってくれと泣くような我慢できない子供みたいな私を許して欲しいの。
「ごめんなさい栗栖さん……私やっぱり離れたくない。ごめんなさい。本当は言っちゃいけないのに……ごめんなさい……私、栗栖さんのこと……」
何度も謝ってから、私は頬に流れる涙にも構わずに、栗栖さんに向き合う。
栗栖さんが待って!と焦る。なぜかとても……慌てている。
「僕が先に言う!」
「……私から言いたいです」
「いや、僕からが……」
フッと笑って、私の髪についた桜の花びらを栗栖さんがとった。指で頬の涙をすくうように拭ってくれる。そして、ジッとまっすぐに目を見た。
「好きなんだ」
「私も好きです。大好きです」
今のは夢じゃないよね?と笑う栗栖さんだった。
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