第52話
お正月が終わるとあっという間に冬休みも終わって、お店の中にバレンタインコーナーを見かけるようになってくる。
休みの日に、
「
「栗栖さんの家に持っていこうかなって思ってる」
茉莉ちゃんが私の横顔をチラッと見た。微妙な言い方をしてしまったので、気になったらしい……。
「本人にはあげないの?」
「……悩んでるの」
ふ~んと茉莉ちゃんはそう相槌を打つと、それ以上何も言わなかった。茉莉ちゃんは私の言いにくいような雰囲気を察するのがうまくて、家のことが色々あった時もそっとしておいてくれた。
友チョコだけ買って、お店から出ていった。
春になったらまた忙しくなるんだ。そう言って、今日は納屋の掃除をする栗栖さん。私はほうきで、砂を納屋から掃き出していく。
何本もある長い巻かれた黒いマルチを栗栖さんは並べて、もう一度、きれいになったところへ収納していく。
「そういえば、もうすぐバレンタインだけど……」
栗栖さんからバレンタインの話が!?私は驚いて、ほうきの掃く手が止まる。
「桜音ちゃんは何食べたい?」
「えっ!?……ええっ!?私が食べたいものですか!?」
どういう意味なのかしばらく考え込んだ。栗栖さんが、それに気づいて、あ、そうか!と笑う。
「家では僕がチョコレート菓子を作る日になっててさ。昔、弟たちが、バレンタインって何!?って聞いてきて、そこから始まったんだよ。なにか好きなチョコレートのお菓子のリクエストあれば作るよ」
クリスマスケーキ作ったから、お菓子作りができることは知っているけれど、バレンタインも何か作るなんて、女子力高すぎでしょう!?まさか栗栖さんから私がもらう方になるとは思ってもいなかった。
「えーっと……ガトーショコラとか?」
「いいね!ドッシリ系にしようか、フワフワ系にしようか……どっちにしようかな」
肥料の袋を種類別にきれいに並べつつ、そんなことを呟いている。
「バレンタインの日の夕飯のデザートに作っておくから、楽しみにしておいてね」
「は、はい!楽しみです」
ザッザッザッと私は床をきれいにしていく。
バレンタインどうしようかな?って思っていたのに、悩みがいきなり溶けてなくなってしまった。気軽な感じの雰囲気になったイベントに、ちょっとホッとしていた。
私、狡いかな。逃げてるよね。
ギュッとほうきの柄を握りしめる。
本当は好きって伝えたかった。栗栖さんに、私の気持ちが届くかもしれないって……この先も一緒にいれるかもって思い始めていた。あの日までは……。
雪の降る日に父と新しい家族が私の家を奪いにくるまではそう思ってた。
「次の仕事が終わったらココアいれてあげるから、休憩しよう!」
軍手や手袋をパタパタさせている。栗栖さんは明るい声でそう言った。テキパキと動く姿を思わず目で追ってしまう。
よいしょと大きい野菜かごを持ってきた。
「後は……じゃがいもの芽取りなんだけど、こうして芽をとっておくと、まだ春まで食べれるんだ」
じゃがいもから出てきた芽をピッと摘んで取っていく。
「なるほど。長く保存できるんですね」
「じゃがいもや玉ねぎは長いよ。里芋は寒さに弱くて、もみ殻の中に入れて置いてるんだけど、腐りやすいんだ」
休憩までは遠そうに見えたけど、栗栖さんは上手で、早い。私も一生懸命、芽を取っていくけど、負けてしまう。
「栗栖さんも栗栖さんのおばあちゃんも手つきが良くて、私は追いつけません」
「あー、ばあちゃんには僕も敵わない時があるよ。もうプロって言うより、あれは神がかってる!」
確かに!と思って、私はフフフッと笑ってしまう。栗栖さんが手を止めて、私の顔を見た。
「今のはホントの笑顔だった」
そう嬉しそうに微笑んだ。私は不覚にも赤面してしまった。その柔らかな笑みに……声に……。
どうしようもなく惹かれて、甘えてしまいそうな自分がいる。
家族のような距離で良いってほんとにそう私は思ってる?離れられるの?そう自分に問いかける。
……あの時、聞いた栗栖さんの心臓の音をずっと忘れられないくせに?
何度も何度もあの出来事が私の頭の中で繰り返されている。
栗栖さんがバレンタインに作ってくれたガトーショコラは苦い大人のビター味がした。
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