第51話

 絶対に桜音おとちゃんは何かを隠している。


「おまえが一線引いてるから、本音できてくれないんだろ!」


 漁師の新太あらたと昼間っから酒を飲んでいた。漁師の朝は早いから午後、早めに仕事は終わる。栗栖くるす農園の方も冬場はあまり忙しくない。


 テーブルの上には新太が作った刺し身、骨まで食べれるカレイの唐揚げ。僕が作ってきた野菜の浅漬けにピザ。ピザは生地の発酵なしの簡単な作り方のものだったが、新太がうまーい!と喜んで食べていた。


 飲み物は適当に自分の好きな物を置いてある。ビール、ハイボール、レモンサワーなどの缶が並ぶ。


「なんで、僕はおまえに相談してるんだろ……」


「失礼なこと言うなよ!めちゃくちゃ良いこと言うよ?俺?」


 金髪で軽い口調の割に、情に厚くて、涙もろい漁師の新太は小さい頃からの友人だから、まあ、そのへんはわかってる。ちゃんと悩みを聞いてくれるやつだ。遠慮なくビシッと言ってくるけれど……わかってるからメールしたんだ。からかっただけだ。


「おまえさ、美咲みさきに好きだと言われて、そんなに好きじゃないのに付き合ってたよな。テキトーに流して、楽な方へいってた」


「人聞き悪いこと言うなよ……そんなことないよ……」


「人を本気で初めて好きになったんだろ。この歳で初恋!アハハハ」


 指をさされて、爆笑される。殴っていいかな?


「はあ……なんで相談してくれないんだろ……」


 頼りないのかなと僕は何度目かのため息をついた。三缶目はビールの缶を手に取って開け、口に含んで苦味のある液体を飲む。

 

「ため息やめろ!酒が不味くなる。そりゃ、彼氏じゃないからだろ。おまえが一線引いてればあっちも一線引くって単純なことじゃねーの?」


「でも……もし、勘違いで、あの子が家に来れなくなったら……」


「それが一番寂しいのはおまえだろー!?言い訳すんな。人のせいにすんな。思い切っていけよ。美咲のときもそうだけど、人の気持ちに受け身すぎるんだよ。人の心の本質を見抜く力は人一倍あるのになぁ?おまえ、優しいけど、それって優しさじゃないぞ」


「新太は厳しいこと言うね」


「そうか?普通だろー。そして、安心しろ。大丈夫だ。おまえがだめなら、俺があの可愛い子に好きだと言う!まかせろ!」


「近寄んな!」


「ハハッ!ほーらな。誰にも渡したくないんだろ!?」


 ひっかけたな……。でもわかりやすい。ごちゃごちゃしてない。つまり、新太は自分の気持ちに正直になれと言ってる。


 帰りは歩いて帰る。雪道で誰も通らない。月が雪を照らし、明るい夜だった。シンと静まる夜中の雪道。自分が雪を踏むサクサクとした音だけが響く。


 空を見上げると冬らしい、どこか冷たくて鋭利さのある星空と月が見える。


 新太はふざけたやつだ。でも悔しいけど当たってる。僕は大人だとか桜音ちゃんが家に来れなくなったら……なんて理由付けしてただけだ。誰にも譲りたくないくせに。夢にまで見るくせに。


 あれは本当に夢だったのかな?僕は現実だったら良かったなんてこと思ってしまう。確かにギュッと掴んだ桜音ちゃんの温もりを感じた気がした……。


 ……ただ、ただ好きなんだ。


 酔っ払っている頭に冷たい冬の空気。


 月に手を伸ばしても掴めないなら、そこまで行く方法を考える。僕がどうにかして君のそばへ行く。少しずつでもいいから近づいて行く。


 あと一歩、踏み込む勇気がほしい。春になったら桜音ちゃんに見せたい景色がある。きっとそれが僕に勇気をくれる。だから春を待っていてほしい。


 春の風が吹くまで後少しだ。

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