第48話

 年末年始は母と母の新しい旦那さんの政重まさしげさんと過ごした。メガネをかけたどこにでもいそうな中肉中背の人で、いつもニコニコしている。


桜音おとちゃん、ここの家に住めばいいのに。遠慮しなくていいんだよ?」


 そう毎回言ってくれる。その度に、母は苦笑する。


「この子が嫌って言うんだから、仕方ないわよ」


「私、今、住んでいるところが気に入ってて……ごめんなさい」


 そっかーと残念そうだ。母がお正月のおせち料理を出してくる。


「しかも、もう今日のうちに帰るって言うんだから。少しゆっくりしていけばいいのに……せめて3日くらいまで……」


「1日でも電車は動いてるし、茉莉まりちゃんと初詣の約束もしてるの」


「それ、わかるなぁ。親より友達の年頃だよね」


 政重さんはそうフォローする。


「それより、今年は受験生だろう?もし大学へ行くなら、お金は出すから行きなさい」


 私は目を丸くした。だけど、母とすでにそのことについて、話したことを思い出した。お金の迷惑をかけるなと言っていた。


「大丈夫です。私、早く独り立ちしたいんです」


 私は用意しておいた正しい言葉を言う。


「迷惑とか考えなくても良いんだよ?」


「私、そんなに勉強好きじゃないので、ちょうどいいんです。就職、早くしたいんです」


「桜音ちゃんはしっかりしてるなぁ」


 そう感心するように言う政重さん。


 嘘ついた。また嘘。嘘の自分にどんどんなっていく。嘘の自分に固められていく。なんで私は両親の傍にいると嘘つきになるんだろう。


「さあさあ。おせち料理食べましょう。今年は料亭『朝霞』のおせち料理にしてみたのよ」


 お母さん、前は作っていたのに……なんでだろう?と思ったけど口には出さずにおいた。


「へえー!美味そうだね。また『朝霞』のコース食べに行こうか?」


「良いわねぇ。あそこの料理長さんの………」


「ああ、素材と工夫のしかたがね……」


 政重さんとお母さんはたくさん美味しいものを一緒に食べに行ってるらしく、知らないお店の名前がたくさん出てきた。二人共仲良くて、お母さんもとても幸せそうだった。


 その様子に私は心から嬉しかった。気難しくて悲しい顔してる昔のお母さんより今のお母さんのほうが見ていて嬉しくなる。


 とても素敵なおせち料理だったのに、何故か私は美味しいとは思えなかった。幸せな空気に満ちてるのに、何故か私は寂しかった。


 昔、お母さんが作ってくれた栗きんとんや筑前煮、食べたかったな。帰りの電車に乗る時、母に笑顔で手を振りつつ、そう思った。なんで私はそれを口に出して言えないんだろう?もしかしたら、喜んで作ってくれるかもしれないのに。


 帰りの電車の中は初詣帰りの人たちで混んでいた。窓際に立ち、なんだか疲れたなと思った。


 でも栗栖くるすさんと顔を合わせにくかったから、良かった。栗栖さんの私の名前を呼んで好きって言っていたのはなんだったのかな?でも単に夢の中で『桜音ちゃん〇〇好きなんだ』って、何か他のことについて言ってるだけかも。


 でもあの時、栗栖さんが起きていて、好きと言われていたら私はどうしていたんだろう……と頬が熱くなる。


 その後の自分の行動を思い出すと口にしてしまった言葉が頭から離れなくて、さらに顔が火照ってくる。電車の暖房が暑く感じてきた。


 でも栗栖さんは夢だったと思ってるようで、いつも通りのメールを送ってみたら、いつも通りの返事が来たのだった。


 なんだ……とちょっと拍子抜けしてしまったけど、私は栗栖さんの心臓の音は今でも覚えている。それを思い出すだけで、また顔が赤くなってきて、ドキドキする。


 早く帰って、栗栖さんの笑顔を見たい。あの温かな人達に会いたい。そう思った。


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