第46話

 クリスマスが終わり、栗栖くるす家では、餅作りが始まった。朝からせいろを出して、もち米を蒸している。おじいちゃんがせっせと薪を焚べている。パチッと時々、火が小さく爆ぜる音がする。空に向かって白色の湯気や煙が立ち上る。


「さすがに臼と杵は大変だから、餅つき機なんだけど、お米は蒸したほうが美味しいからね」


 おばあちゃんが塩を持ってくる。栗栖さんのお母さんは餅を入れる木の餅箱を持ってきた。お父さんは畑に行って、今日も冬野菜の出荷らしい。皆、とても働き者だ。


「あれ?栗栖先輩はどうしたんですか?」


たまきは部活行ってるよ。体力を落さないようにしてるって言ってて、冬休み中ずっと行くらしい。ホントに野球好きなんだよ」


 栗栖さんがそう話す。野球一筋の栗栖先輩に少し羨ましくなる。一つのことに打ち込み、夢中になれる高校生活も楽しいんじゃないかなと思った。それに大学も続けるみたいだし、目標があるって良いなぁ……私には無い。


「おーい!米が蒸せたぞ!」


 おじいちゃんがフワフワ湯気があがるもち米を持ってきた。ヒョイッとスプーンで栗栖さんがお米をひとつまみした。


「ハイ。桜音おとちゃん」


 アーンと口開けてと、持ってきたので、反射的に私もパクッと口に入れてしまった。思わず驚いて口を抑えてモグモグした。


「これは……お米がすごく美味しい!粒が甘い気がします。味が違います」


「気に入った?」


「気に入りました。好きです!」


 私が美味しさに感動しているのを見て、アハハハと声を出して笑う栗栖さんとおばあちゃん。


 出来上がった蒸したもち米を餅つき機に入れる。グルグル回って出来上がってゆく。


 ツヤっとした餅ができていると蓋を開けて確認するお母さん。それをパッとおばあちゃんが持ち上げて、餅とり粉の中へ落とし、素早くちぎっていく。それを皆で丸める。


「鏡餅用のは大きいやつね!避けといて。手に粉をつけ過ぎたら美味しくないからほどほどにね」


 お母さんの指示で、お餅を丸めたものを餅箱に並べていく。私が一番不慣れで遅い……栗栖さんはテキパキとしている。


「私のちゃんと丸になってますか?心配です」


 お母さんが大丈夫!と力強く答える。


「意外と自分でお餅は伸びて丸くなるから大丈夫!上手よ!」

  

 ホッとしつつ、丸め続けていく。最後になり、よーし!とお母さんが気合いを入れた。


「さあ!最後はつきたてのお餅食べるわよ〜!」


 そう言って、きな粉、あんこ、胡麻、砂糖醤油の納豆、大根おろしの味付けを出す。


「僕のおすすめはこの辛い大根のお餅だよ」


 栗栖さんが言うので食べてみると、ピリッ少し辛くいけど、伸びるお餅と合う。お母さんはやっぱり納豆醤油よ!と私に渡す。……これも納豆とお餅が、トロッとしていて、すごく合う。いやいや……定番のきな粉が好きでしょう?とおばあちゃんが持ってくる。


 私、太ってしまいそうと思いつつも、美味しくてついつい食べすぎてしまうのだった。


「つきたてのお餅、小さい頃の子供会以来です。すごく美味しい!」


「そっか、美味しくて、よかったよかった!」


 おじいちゃんがニコニコして、いっぱい食べなさいと勧める。


桜音おとちゃんにもお餅が固まったらあげるからね。手伝ってくれて助かったわ〜。お餅、冷凍もできるから余りそうならしておくといいわよ」


「私の方こそ、美味しいお餅食べれて嬉しいです……そんなに役にたってないのに……」


 栗栖さんのお母さんが何言ってんの!とカラッと笑う。


「餅つきの時は猫の手でも借りたいのよ。ありがとうね」


 感謝されて、私は嬉しかった。こんなふうに言われるのも……久しぶりだった。


 その後、お母さんとおばあちゃんは餅を息子や親戚、友人たちに配りに行った。おじいちゃんは火の始末をして畑に行ってくるよといなくなる。


 私と栗栖さんは餅つきに疲れていたのと、お腹がいっぱいだったこともあり、油断して、こたつで、うたた寝してしまっていた。


 私は机に突っ伏していて、ハッと起きた。今、何時だろう?栗栖さんはどこかなと思ったら……大の字になって手を広げてる寝ている姿が目に入って、子供みたいだった。フフッと笑ってしまう。


 ムーちゃんもこたつ台にくっついて、茶色の毛玉のように丸くなって、ポカポカと暖かそうに目をつぶっている。


 誰も……見てないよねと私は思わず、栗栖さんの顔を覗き込む。落ちてきた髪を耳にかけて、私はジッと幸せそうに眠る栗栖さんを見る。やっぱり睫毛が長くて、整っている顔立ちで………。


「う……?桜音………ちゃ……ん?」


 お、起きた!?私は慌てて離れようとした。……が、できなかった。


 栗栖さんがギュッと背中に腕を回してきて、抱きしめてきた。私はそのままポスッと前のめりに倒れ込んでしまって、気づくと顔が栗栖さんの胸の上にあった。


 栗栖さんの心臓の音が聞こえる。でも私の心臓も大きい音を立ててる。ど、どうしよう!この状況は何!?私の名前呼んでたけど、起きてる?ううん。起きてるわけない。寝惚けているんだと思う!


「す……き……なん……だ」


 え?今、なんて?


 好き?って………?言ったの?


 私は思わず、胸に顔をつけたまま……。


「私も好きです。大好きなんです」


 そう言ってから、私はパッと離れる。その瞬間、栗栖さんの目が開いた気がした。だけど、私は走っていた。コートとカバンを手に、家まで全速力で逃げるように走っていったのだった。

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