第45話
今学期の成績は良かったし、先生からも文化祭の実行委員会のことを褒められた。きっと大丈夫。お母さんも褒めてくれるはず。
冬休みに入った時にお母さんが来るというので、報告しようと成績表を用意していた。
だけど約束の時間を過ぎても来なかった。まだ三十分過ぎただけ。お母さんの住んでる家は一時間半かかるから……ちょっと出るのが、遅れちゃったかな?
結露がついた窓を少し拭き、外を見ると、雪は積もっていないし、晴れているから雪道ではないと確認する。
一時間半、待ったけど連絡がなくて、何かあったのかもしれないと、不安になって電話してみる。何度もコールが鳴るけれど、なかなか出なかった。
「お母さん?どうしたの?」
やっと繋がった電話の向こう側はお店の中の音がする。なんでお店なんだろう?
「ごめんね。ちょっと体調崩しちゃったの。また今度で良い?」
「熱あるの?どこが悪いの?」
「えっ?……あ、うん。そう風邪っぽいの。別に今度でも良いわよね?」
お母さんの電話からは賑やかなお店の音楽と人の笑い声が聞こえてきているよと言いたかった。でも言葉を飲み込んで、プツッと無言のまま……無言の反抗心で電話を切って、ポイッとソファに電話を投げてしまう。
切っちゃった……。
あれ?今、私は『大丈夫』って言わなかった。むしろ怒った態度をとってしまった。
いつの間に良い子の演技をしていたのをやめてしまったのかな?私?
ピロンとメール音。お母さんがさっきのフォローを入れてきたのかな?と思ったら
むしろ来てくれて嬉しかった。
落ち込んでいるより、怒ってる自分がとても珍しい。前なら『また今度で良いよ。大丈夫だよ。お母さん体を大事にしてね』って上辺だけの嘘の言葉を連ねていただろう。
「
「そんなことないよ。1人だから家に帰ってもすることないから、勉強するしかないっていうだけ……スイートポテト作ったんだけど食べてくれる?」
茉莉ちゃんくらいしか、褒めてくれないけどと、イジケてる自分。スイートポテトを嬉しそうに食べる茉莉ちゃん。そしてニヤニヤ笑い出す。
「フフフ。なんで来たかわかる?」
「えっ?まだ冬休みの課題には早いよね?」
「もう!桜音は私のことをどういう目でみてるのよ!ちがーう!」
「なに?なんなの?」
課題じゃなかったのね。なんだろう?と、私は熱いほうじ茶のカップに口をつける。
「こないだのリップグロスの効果はどうだった?使ってみたの!?」
「熱っ!」
驚いてほうじ茶をゴクッと飲んでしまい涙目になる私。舌が火傷してヒリヒリした。
「なんかあったわね!?なに!?なにがあったのよ!?」
「なにもないわよ?スイートポテトのおかわりどう?」
お芋で話を逸らそうとする私。茉莉ちゃんが自分のお皿にもう一つ、スイートポテトを入れて私にジリっと顔を近づけた。
「正直に話しなさいよ。お芋は美味しいけど、ごまかされないわよ」
「えええええ………」
私は覚悟を決めて、茉莉ちゃんに、栗栖さんから可愛いと言われて、唇を……手で触れられたことを話す。
なぜか半眼になる茉莉ちゃん。え?キャーって言うところじゃなくて?
「……どこまで、良い人なのよっ!そこはキスじゃないの!?」
グサッとスイートポテトが茉莉ちゃんのフォークに突き刺された。
「キ、キス!?」
私が怯む。茉莉ちゃんが考えることはたまに私の想像を越えてくる。
「化粧品会社に努める従姉に頼んだの。キスしたくなるようなリップお願いって。効果は……いまいちだったのかな?いや、ギリギリいけたのかな?」
「茉莉ちゃん!?そんなことを頼んでいたの!?」
茉莉ちゃんはニッコリ微笑んだ。
「花の命は短し恋せよ乙女ってうちのおじーちゃんが言うのよ」
「えーっと、私じゃなくて、茉莉ちゃん自身は恋しないの?」
「塾にちょっと良いなって思う人はいるけど、残念なことに他の女の子と仲がいいのよね」
恋の相手がいないわーと両手を広げる。
「桜音は最近すごくいい顔してる。長い付き合いの友人としてはずっと心配してたんだからね。これはもう栗栖さんが桜音の人生に絶対に必要な人だって私、思うの。栗栖さんを捕まえる作戦!一緒に考えるわよっ!」
「茉莉ちゃん……ありがとう。私、茉莉ちゃんと友達で良かった」
そうでしょと茉莉ちゃんは笑った。もしかして栗栖さんは私を受け止めてくれるんじゃないかな?好きって言っても良いんじゃないかな?と思っちゃうくらいの熱弁を振るう面白い友人は三個目のスイートポテトに手を伸ばすのだった。
私は少しずつ変わってきてる。孤独や悲しいことばかりじゃない。ほんの小さな幸せは日常にたくさん散りばめられている。ちゃんとあったのに、見えなくなっていただけだって栗栖さんが思い出させてくれた。
私、栗栖さんの彼女になりたい。奇跡を起こしたい。好きって言いたい。
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