第39話

 長袖のセーラー服になり、衣替えになると、一気に秋らしくなってきた。


「試験勉強、頑張りすぎてない?顔色悪いけど?」


 茉莉まりちゃんがそう言う。うん……と私は頷く。寝不足気味なのは仕方ない。


「進学しないって前に言ってたなかった?それなのに?」


「うん……そうなんだけど……私、一人でもちゃんとしないと、ここにいられなくなっちゃうの」


 どういうこと?と尋ねる友人に母から一緒に暮らすように言われてることを話す。


「なにそれーっ!ずいぶん勝手よっ!」


 まるで自分のことのように怒ってくれる茉莉ちゃん。


「自分たちの都合でここに住まなくなったんでしょ!?それに好きなように生きてるのに、なんで桜音おとだけ、我慢して、言う事聞かなきゃいけないわけ!?」


「茉莉ちゃんはすごいね。私の言いたいこと代弁してくれてる」


 なんだか茉莉ちゃんが怒ってくれるから、スッキリする。


「桜音、前はこんなこと相談しなかったのに、口にしてくれて嬉しい。だから代わりに怒らせてよ!」


「うん。ありがとう」


「そのお弁当、作ってくれる栗栖くるすさんのおかげで少し変わってきたのかもって思うと、なんか嫉妬しちゃうけどね。付き合いは私のほうが長いのに……」


 茉莉ちゃんは唇を尖らせて言う。ひじき入りの卵焼き、ほうれん草胡麻和え、鶏肉とさつまいもの煮物に自家製梅干しの入ったご飯。


「そうかもしれない。前より、すごく呼吸がしやすい気がする……でも頑張らなくちゃ、ここにいられなくなったら、栗栖さんとも茉莉ちゃんとも一緒にいられなくなるもの」


 頑張れるところは頑張りたい。良い子で入れば、大丈夫だから、きっとできる。


「良いけど、また熱を出さないでよ?」


「大丈夫。最近、体力がついてきた気がするの」


 栗栖家のご飯と畑仕事のおかげなのか、寝不足ではあるけど、前より体が軽い気がする。


「おーい!新居あらい!文化祭のやつだけど……」


「桜音、なんか係してるの?呼び出されてるけど?」


 あ、そうだった。ドアのところにいる男子生徒を見て、慌てて立ち上がる。


「うん。私、部活してないから、実行委員会に入るように頼まれたの」


「ええええ!?引き受けたの!?無理しちゃだめだからね」


 そんな大したことしないわよと私は思って笑ったが……実際は大変だった。


『文化祭の準備で夕飯は食べに行けません。ごめんなさい』


 そんなメールを送ることが増えた。


「新居さん、各クラスの必要な備品のまとめたものってどうなったの?」


「後夜祭に使うスピーカー、先生に頼んで手配しておいて!」


 先輩達に言われるまま、ハイ!と答えて、慣れない仕事に右往左往している。なんだか……仕事が多い気がしたけれど、できないわけではないから、こなしていく。


 文化祭のポスターや後夜祭用のプログラムのコピーが終わってから、部屋へ帰ろうとすると、栗栖先輩に出会った。


「最近、実行委員で忙しいんだな。コレ、持ってやるよ」


「えっ?えええっ!?」


 ヒョイッと紙の束を持ってくれる。いきなり手伝ってくれる先輩に私はとまどってしまう。


「他になんか運ぶものあれば手伝う。力仕事ならなんでもできる」


「でも……栗栖先輩は実行委員じゃないのに、悪いです」


 廊下を歩きつつ、そう言う。実行委員会が使っている教室の前で立ち止まると、中から三年生の笑い声がする。


「二年生の子達、使い勝手良いわよね。こっちは受験生なんだから、頑張って貰わなきゃね」


「そうそう!面倒なのは押し付けちゃおう」


 アハハハと何が面白いのか笑っている。そう言えば、私と同じ二年生の子達は、皆、忙しくしている。


 ドアを開けれずに、どうしようと私が迷っていると、ガラッと遠慮なく栗栖先輩は開けた。


 ええっ!?と私は冷や汗が出た。どうするの!?この雰囲気は!?話を聞かれてしまった三年生達がマズイと言う顔をし、静かになった。


「オイ。自分らから実行委員会になったんだろ?押し付けられたやつもいるかもしれねーけど、三年がこれじゃあ、しめしがつかないだろ。しっかりしろよ」


 ギロッと睨む。威圧感のある栗栖先輩に慌てる他の三年生達。


「く、栗栖!いや、本気で言ってるわけじゃないから!仕事するぞ〜!皆、動け!」


「委員長、おまえかよ……」


 栗栖先輩は委員長を知ってるようで、男子生徒に言うと、そ、そうだ!と答えが返ってきた。


 ドサッとプログラムを机に置く。


「今まで二年に押し付けた仕事分はしろよ?平等にな」


「わ、わかってる!二年生、今日は帰っていい!」


 ヤッター!と久しぶりに早く帰れる二年生が声をあげた。栗栖先輩が、電車時間になる。帰るぞと言う。私は慌てて、鞄を持って、小走りでついていく。


「えーっと、もしかして助けてくれたんですか?」


「良いように使われてるんだろうなと思っていた」


 ハァ……とため息をつかれてしまう。駅までの道のりを歩く。すっかり秋らしくて、夏に勢いよく伸びたツルも弱々しくなり、木々の葉も色が変わりつつある。


 日が短くなってきて、すでに夕暮れ時になっている。電車が家のある駅につく頃には暗いだろう。


「でも確かに三年生は受験で忙しいですし……」


「アホか。それはそれ、これはこれだろ。自分がやりますと言った以上は、後輩に仕事を押し付けてばかりじゃなくて、自分らもしないとな」


 はあ……と私は相槌を打つ。


「今日は、もう暗くなるから、オレが送ってやるし、一緒に家まで行こう。久しぶりに夕飯に来いよ。家に連絡しとく」


 私の返事を待たずに、メールしている。


「えっ!?はい……ありがとうございます」


「新居が来ないと、皆、つまらないみたいだからな」


「そんなこと……」


 そんなことはないでしょうと言いかけると栗栖先輩は無愛想な顔を少しだけニヤッとさせた。


「そんなことある。食事時間、皆、新居がいると楽しそうだった。来てくれると喜んでる」


「それは……すごく嬉しいです」


 私は正直にそう言った。迷惑じゃないと言われていても、やはり申し訳ない気持ちになると思っていた。だけど、喜んでくれるなんて、ほんとに……栗栖家の人たちは良い人たちだと思う。こんな私でも良いって思ってくれるなんて。


 栗栖先輩は無愛想だけど、はっきりと物を言う。ふと電車に乗っていて、気づくと、私があげたお守りがカバンにつけられていて揺られていたのだった。

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