第33話

 桜音ちゃんが帰ってしまうと、普段の家の空気に戻った。それがなんだか物足りなく感じた。


 お母さんとの関係がうまくいっていないように思う。二人っきりで帰して、大丈夫だっただろうか?さすがに今夜は一緒にいてくれるよね。心配だから、後からメールしてみようと思う。


 母さんが車を見送りながら、玄関の影に隠れて、様子を眺めていた僕の方を向いた。


「やれやれ……あの子も大変ね」


「母さん、色々ありがとう」


 僕たちに見送りに出てくるなと言ったのは母だった。一人暮らしの女の子なのに、男が周りをウロチョロしてるってわかったら、どう思う?と言い、対応はすべて私がするから出てこないようにと言い切ったのだった。確かにその通りだ。


「……千陽ちはる、あの子のこと本気で好きなんでしょ?」


 僕は母さんに答えず、無言のまま背を向けて中へ入った。リビングへ行くと、風呂上がりのたまきと出会って、目が合う。


「どういうつもりなんだよ?新居あらいにかまいすぎ………」


「ごめん」


 環の言葉を遮る。


桜音おとちゃんのことかやっぱり心配で放っておけないんだ……環が好きなのはわかるけど、今までどおりでいたい。遠ざけるなんて無理だと思う」


  宣戦布告なんていうような立派でも強いものでも無いことを言う。


「新居にかまってるけど、美咲みさきさんはどうすんだよ!?そういうのは不誠実じゃねーのかよ!?」


「……え?なんで、そうくるんだよ!?何を言ってるんだ?美咲とはこっちへ帰ってくる時にもうダメになってる」


 今まで、兄弟でこんな話をしたことはない。だから知らないのもしかたないけど……最近どころか。ずっと僕から美咲に会いに行ったことはないのに、なんでまだ付き合ってると思っていたんだよ!?


 そうか……そうなんだな……と、ブツブツ言いながら、末っ子の恋敵ライバルは2階へと上がっていった。もっと激しい反応してくるかと思ったんだけど……なんだ?あいつ?やけにアッサリと引き下がったけど?


「ほーら、やっぱり千陽、あんた本気なんでしょ?」


「盗み聞きするなよ!なんでいるんだよ!?」


 母さんがドアのところで、ニヤニヤしていた。


「環に譲るの?でも千陽はそれでいいの?前にご近所さんが世間がどうこう言ったけどね、あれはあんたが本気なら、どうでもいいことなのよ。そういうのは母さんや父さん、ばあちゃん、じいちゃんに任せなさい」

 

「母さん……」

 

 ポンッと僕の肩に手を置く母。


「千陽は昔から弟たちや家族のことを考えてくれて、私よりも料理上手くなっちゃって……感謝してるのよ。でも、その分、自分のことを疎かにしてるんじゃないかな?とか心配してたんだからね。こういう、気持ちを我慢しちゃだめなのよ」


 感動する………しかけた。待て?この人、そんな真面目なことを息子にしんみりと言う母親だったか?


「母さんの本音は?」


「あら?バレた?できるなら千陽にお嫁さんが欲しいのよねぇ。農家に嫁はなかなか来ないのよ!?逃したらダメ!しかもあんな美少女で可愛い娘!母さんのタイプだわー!」 


 こっちが本音だ。母さんのしたたかさは半端ないんだよな。


「環には悪いけど、栗栖農園の未来がかかってる!」


「親が、いい歳した息子に構うなよ!」


 僕は呆れて母さんに怒った。


 しかし、次の日の朝、母さんは『桜音ちゃん、1人じゃ夕飯、そんなに栄養あるもの食べないでしょ?夕飯に誘いなさい!』と命令してきた。もちろん、母の下心がわかっているから、僕は嫌だと断った。


「あんたに言ってるんじゃないのよ?私が誘ってるの。桜音ちゃんに伝言しておいてね」


 にっこり微笑む母。桜音ちゃんには無理じいしないように伝えようと思ったけど『迷惑だと思っていたら誘わない!カワイイ娘がちょうど欲しいと思っていたの。絶対にくるように!』

 

 ……という伝言内容がすごかった。

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