第26話
帰省してきた
『もしかして、チハルのこと好きなの?』
いきなり何を桜音ちゃんに言うんだ!?
「何を言ってるんだよ!」
思わず怒鳴ってしまった。
走って去っていった桜音ちゃんを追いかけようとしたけど、その後に続いた美咲と
「私を都会に置き去りにして、自分だけ幸せになろうっていうの?なんなの?美少女好きなの?若そうだけどいくつの子なのよ」
腰に手をおいて、半ば怒ったように僕の前に立ちふさがる。
「オレより一つ下だ。だから兄貴が好きなわけがない」
環が余計なことを言う。……好きなわけがないって、なんで言い切れるんだよ!?
「こ、高校生!?まさか、チハル、高校生をたぶらかしたの!?ありえない!」
「なんでそんな言い方するんだ!?恋愛関係じゃないし、お互いなんか気が合う程度だよ」
「あのくらいの年齢の娘は年上に憧れるけど、飽きるのも早いわよ?やめときなさいよ。10歳も離れてるなんて……私達が大学生の時は、あの子は小学生だったのよ!?常識考えたら?」
……飽きられるまで、いらないと思われるまで良い大人でいようとしているんだけど。
だけど僕は桜音ちゃんと会っていて、優しくて良い大人をいつまで演じていられるのか、少し自信がなくなってきていていた。
未だに台風の時のことを思い出すし、彼女の笑顔を見ると無理かもって思うことがある。
「ロリコンじゃないよな?兄貴は優しさや同情から
「女子高生を騙したとか、こーんな田舎で噂になってみなさいよ?チハルもあの娘もここにいられなくなるわよ?」
グサッといちいち環や美咲の言葉が心に突き刺さって、足に根っこが生えたように動けなくなった。僕はなんでもないことのように、話を聞き流すことにした。二人からプイッと目をそらす。
……追いかけようと思っていたのに、できなくなった。やっぱり僕は臆病で狡い生き物だ。こんなところは高校生や大学生だった、あの頃とまったく変わっていない。
「ったく……仕事できないから、家の方にいてくれ。母さんが美咲のお母さんと美咲のために今夜は庭でバーベキューにしようって言ってた」
二人はわかったと言って去っていった。
はあ……と重いため息が出てしまった。桜音ちゃんはどんな気持ちで走っていったんだろ?追いかけて、ホントは好きだと言いたいのに……母さん、美咲、環に言われると、僕の気持ちは桜音ちゃんにとって邪魔なものに思えてきた。
憂鬱な気持ちになりながら仕事をする。
桜音ちゃんは僕に好意を持ってくれてるのかな?って台風の時に思ったけど、もしかして、たまたまムーを見て、可愛くて、ついでに僕を撫でたとか!?いやいや、そんなことあるか!?
それとも本当は僕のことなんとも思って無くて、『チハルのこと好きでしょ』って言われて、誤解をされてしまった!気持ち悪い!とか思われた!?
いやいや……そんなこと……ないと思いたい!モヤモヤして、頭から離れない。
後からメールしたけれど桜音ちゃんから返事はなかった。やっぱり追いかけるべきだったかな。なんだか僕は失敗してしまったかもしれない……。
美咲が帰るから送ってやりなさいと母達から言われてしまい、収穫が忙しいこの時期になんでだよ!?と思いつつ送ることになった。美咲は、なぜか『わぁ!空港まで送ってくれるの?嬉しい!』なんて、皆の前で、そんな嬉しい演技をしていた。
「飲み物は買った?」
喉が乾いたし、買いたい物があるから薬局に寄ってと頼まれた。
「さあ、空港へ行きましょ。飛行機に乗り遅れちゃう!早く出て!」
命令口調で言われて、仕事が忙しい僕は少しイライラしながらアクセルを踏んだ。準備が遅くて待たせたのも、薬局寄りたいといったのも美咲じゃないか。
「チハルのこと、私が今でも好きで、あの可愛い女子高生にヤキモチやいてるって言ったらどうする?」
赤信号を行きそうになって、慌ててブレーキを踏んだ。なに言ってるんだ!?
「こないだ彼氏いるとか言っていただろ!?」
そうだっけ!?と、とぼける。メールで散々自慢してただろ!?相変わらず美咲は自分のペースに巻き込んでくる……早く帰ってほしい。さっさと空港へ送ろう!と車を走らせたのだった。
「ねえ?なんでチハルは別れたこと皆に言わないの?まだ付き合ってるって思われてるわよ」
「はぁ?まさか、何年前の話だよ。もう付き合ってると思ってないだろ!?僕は家族に自分の恋愛の相談をしたことはない。自分の親に相談なんてしないだろ」
僕は自分から言ったことはない。そもそも付き合っただの別れただの、いちいち親に成人男性は報告しないだろ。
「千陽は私が今も好きって言ったらどうする?」
なんでさっきから僕の気持ちを探るようなことをしてくるんだ?
「ごめん。無理って言う」
「……即答なのね」
苦笑して美咲は空港のロビーへと消えていった。僕は驚くほど美咲に未練はなかった。今、僕の心を動かせるのは一人だけだ。
環が明日から新学期だと言った。あれから桜音ちゃんからメールの返事もないし、畑にも来ない。家に行くのもつきまとっているようで変だ。
とりあえず、お弁当を作って、夏休みが開けた新学期の駅へとムーと一緒に来た。ムーは顔をキョロキョロさせて、桜音ちゃんを探す。いない……。
……次の日もまた次の日も桜音ちゃんは来なかった。ムーと僕はしょんぼりした足取りで、家に帰る。
「桜音ちゃん、学校に来てるか?」
環に聞くと、見かけるし、元気にしてるから大丈夫だと返事が返ってきた。
そっか……なんだ……元気なんだな……良かった。ちょっと拍子抜けした。
「オレ、兄貴に言っておく。新居のこと、実は好きなんだ。だから、今度からはオレが見守る。まだ本人には言ってないけど、そのうち言う」
は!?と僕は驚いた。まさか環が?聞き間違えじゃないよな?
「そうか……うん。良いかもしれない。がんばれ。桜音ちゃんのこと頼むよ」
ああ……と返事をして環は行ってしまう。僕はなんでもない風に装って大人ぶって上手く言えた。
僕も好きだなんて……まさかこんな年が離れている僕が言えるわけもないし、確かに僕なんかより環の方が歳も近いし、似合っていると思った。そのほうが桜音ちゃんも他の人からあれこれ言われない。言い訳のような考えがグルグルと自分の頭の中を回っている。
意外と僕がいらなくなる日は早かったんだと思った。
そう思って空を仰ぐ。残暑はまだ厳しい。サラサラと風に揺らされている重たそうに実った稲穂を刈る時期は余裕がない。毎日忙しい。コンバインの調子がいまいちだから、部品を見てもらおう。それから乾燥機の中の米をチェックして……考えることは山ほどある。忙しくて良かった。
環や美咲に言われた言葉が今更、トゲのように痛みだす。
もう会えないのかな?なんで一瞬でも……もしかして桜音ちゃんにとって僕は特別かもしれないと思ったんだ?
夜、寝つけず、ムーをギュッと抱きしめると、クーンとムーも悲しそうに鳴いた。泣かない僕の代わりにムーはなんとなく僕の悲しさや寂しさをわかってくれてて、ピッタリと僕にくっついてくれる。
こんなにも僕は桜音ちゃんに惹かれていたんだなと会えなくなってから気づいた。
そう部屋の窓から見える月に手を伸ばして掴む真似をした。手の中には何も残っていない。ゴロンとベットに寝転んで目を閉じた。
僕から桜音ちゃんまでの距離は遠すぎる。
月より遠い恋をしてしまったのは僕の方だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます