第25話
肩より少し長い艶やかでサラサラの黒髪が揺れる。見つめ返す黒い目は月のない夜のように深い色をしている。小柄で、透き通るような白い肌。そして僕が昔、通っていた学校の懐しい制服を着ている
最初は青白くて心配していたが、最近はお弁当効果プラス畑で日光を浴びて体を動かしているからか、健康そうな気がする。
農作業を手伝いますって言われて驚いたけど、単調作業をする時に話し相手がいるのはけっこう嬉しかった。
桜音ちゃんがお弁当を作ってきてくれて、つい気が緩み、いつもの習慣でつい昼寝をしてしまった。気づくと、慣れない農作業に疲れたのか、隣でスヤスヤと気持ちよさそうに木陰で寝ていた桜音ちゃんがいた。
思わず可愛くてクスッと笑ってしまった。そしたら、うーんとモゾモゾして動いて、目を開けた。驚いたような顔で僕を見た。
なんだか、この見つめ合った瞬間、僕は今まで味わったことがないくらいの愛しくて幸せな時間だと感じたのだった。この感情はなんだ?なぜか桜音ちゃんから目を逸らせなくて、心が揺れた。
花火大会の日、僕は漁師の友達に誘われて船から花火を見ていた。なんだか夜空に咲いては消える花火を見ていたら、寂しい気持ちになった。
周りは騒いでいるのになんでそんなふうに感じたのかわからない……桜音ちゃんをふと思い出してしまった。なんでこんな時に思い出したんだろう?
僕はどうかしてるみたいだ。
花火の写真を撮って、メールしてしまった。彼女もこの綺麗なのに寂しげな花火をどこかで誰と見てるんだろう?
「なあ……高校生って恋愛対象になるかな?」
「なんだ?その美味しい話は!?女子高生と知り合いになったのか!?」
「えええ!紹介してくれよ!
相談した相手が間違いだった。こいつらにだけは会わせないでおこう。……っていうか、僕は何を口走って聞いているんだ!?
後からメールで花火を見ていると入ってきて、あ、やっぱり彼氏とか?片思いの相手とか?高校生なら、皆で祭りの提灯が並んでる所から見てるんだろうか?なんて思った。そうだよなぁと花火を見上げて、自分は何を考えてるんだと、苦笑してしまった。
桜音ちゃんが、体調が悪くなったと
そう思ったのに、桜音ちゃんが意外なことを言った。夏休みに軽トラでドライブとか!?たまには水族館もいいかもしれない。……というか、僕とでいいのかな!?かなり光栄なんだけど……。進路のことで悩んでいるみたいだから、気分転換になればいいなと思った。
水族館はとても楽しかった。なんだか僕のほうがはしゃいでしまったような気がするけど大丈夫だっただろうか!?
桜音ちゃんは歳よりも落ち着いている子だった。いろいろあって、同じ歳の子よりも大人にならざるを得なかったのかもしれない。
体は弱いけれど、心は強い子だと思う。両親の幸せを優先させて、我慢してる。
人の幸せを願える人は強い。
お盆のときだった。また我慢して、本心を言わずに、逃げようとした。今、ちゃんと聞いてあげなきゃだめな気がする。そう思って暑い中、一人歩く桜音ちゃんを軽トラに乗せてしまった。
そのまま目的地へ車を走らせる。彼女の望みを叶えたいし、本当の心の声を聞きたかった。この溢れる思いはなんだろう?僕は、こんな男だったかな?
嬉しそうに祖父母に優しく微笑む桜音ちゃんを見てると僕も心から嬉しく思った。
今までの苦しい傷はいくつあるんだろう?優しく君の心に触れて、癒せたら良いのに……桜音ちゃんを見ていると愛しくて、せつなくなることが増えてきた自分の心に気づいてしまう。
僕はどうかしてるみたいだ。
もしかして僕は桜音ちゃんにとって、優しくて良い人から違うものになりたがってる?彼女に惹かれていってる?
それだけは絶対にだめだ。相手は高校生で、まだ子供なんだから……。
だから僕は自分の気持ちに保険をかけた。けっして一線を越えないように。『大人を頼って』って、大人という便利な言葉を使って距離を保とうとした。
そのうち、僕のことを桜音ちゃんは必要なくなるだろうと思った。進路で悩む彼女の将来はまだまだこれからなんだ。好きなもの、やりたいことをみつける遠い旅に出るところなんだから、僕はそれを邪魔しちゃいけない。
たとえその未来に僕がいなくても、今はそばにいてあげたかった。……いや、僕がいたかったのかもしれない。
ある日、家に帰ると、めずらしく母さんが先に帰っていて、ちょっとおいでと手招きした。
「こんなこと言いたくはないけど、最近、農作業を手伝ってくれてるのは新居さんとこの娘でしょ?」
なぜバレた?手伝ってもらう話はしたが、誰というのは言ってない。たぶん心当たりは1つ。
「そうだよ。桜音ちゃんっていう……」
「一人暮らしの女の子に近づくのはやめなさい。しかも高校生でしょう?困っているのを助けるのならいいわ。でも変な噂をたてられたら、困るのは女の子の方よ」
確かに母さんは正論を言ってる。大人として桜音ちゃんを守るための言葉だ。
「あんた、本気で好きってわけじゃないのよね?本気じゃないなら、やめときなさい。ご近所に噂になったら、あちらのご両親にも、申し訳ないわ」
「わかってる。大丈夫だよ。そんな関係じゃない。妹みたいなものだし、いくつ離れてると思ってるんだよ」
そう自分に言い聞かせるように言った。恋愛対象になんてならない。絶対にならないようにする。それに桜音ちゃんに必要なのは守ってくれる大人で、歳の離れた彼氏なんかじゃないんだ。
そう母さんと話していたのに……。
台風の夜のことだった。もしかして、桜音ちゃんは一人なのか?と気になった。
今日は台風対策をしていて、いつもより少し帰りが遅くなった。仕事帰りに桜音ちゃんの家の前を通った時、車はとまっていなかった。
さすがに、こんな日だし、両親のところに行ったかな?……いや、あの子は行かない。そうわかりすぎるほどにわかるんだ。こんな時もきっと大丈夫だよって言うんだ!
「ムー!行くぞ!」
寝ようとして、やっぱり僕は気になってしまって、バッと飛び起きる。一人だと行くのはハードル高い!でもムーがいたら、大丈夫かも……なんて思って、足元で寝ていたムーにレインコートを着せて台風の最中に飛び出した。外は嵐。
大丈夫だなんて、言わせない!僕は車を走らせる。駅からはムーを自分のレインコートの中へ入れて守りながら桜音ちゃんの家まで行った。
行ってよかった……桜音ちゃんはすっかり怯えてた。ホッとした。間に合って良かった。
でも僕は情けないことに、日中の農作業で、もうクタクタだった。なにかあったら起こしてもらおう。
その後、ありえないことが起こった。わざわざタオルケットをかけてくれて、ムーを撫でているのが、気配でわかる………その気配は僕の顔の直ぐ側にきて、髪をそっと撫でて、頬に優しく触れられる。
………な、なにが起こってる!?
僕は起きる勇気がなくて、寝たふりをした。彼女が部屋へ走っていった。思わずパチっと目が開いた。
撫でられた頬が熱い。自分がまるで恋愛したばかりの子どものように赤面していることに気づく。
そして僕は寝れなかった。かなり時間がたった。立ち上がって窓辺へ行った。
いつの間にか台風は去っていって夜空が見えた。時折、雲から月が現れて、室内を明るくする。
もう僕の心は雲間から覗く月のように、はっきりとしていた。
僕はどうかしてるみたいだ。
桜音ちゃんに恋してしまうなんて。
でも気持ちは伝えないだろう。これから大人になる君には伝えてはいけない。
桜音ちゃんに相応しい同年代の彼氏はきっといる。必要なのは、守ってくれる大人だろう。僕は君のために信頼できる大人でありたい。そうすべきなのはわかってる。だけど、そんな綺麗事を僕はずっと思っていられるだろうか?
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