第24話
僕はどうかしてるみたいだ。
「うちは六人も息子がいるから、
母さんと美咲のお母さんは親友で、度々、美咲も家に来ていた。そんな時、母さんは冗談で、そう言った。
冗談だと僕は思っていた。それなのに美咲は本気で、僕たちの中から一人選ぼうとした。同級生だった僕が一番つきまとわれ……いや、気に入られてしまった。
大学も同じところへ行く!と言ってついてきた。
「え!?大学辞めるの!?どういうことなのよ!?」
美咲は僕の予想通り怒った。
「一緒に着いてきてあげたのに!」
なんで?と聞かれた。
「トマトの生長がさ……いや、なんでもない。えーと、久しぶりに帰省したらさ、やっぱりあそこが好きで、農業したいだなと思ったんだ。電車に乗って帰ろうとしたらさ『こんにちは!』って挨拶する小学生がいて……地元って良いなぁと思ったんだ。それで決断できた」
道端のトマトの生長のことを話そうと思ったけど、なにそれ!?と怒りそうだし、止めといた。
「は!?小学生の挨拶!?それって何よりも大切なこと!?あんな何もないところに帰るの?彼女の私よりも大事なの?」
僕は少し傷ついていた。……それを言う時が来たんだ。
「六人兄弟の中で一番マイナスポイントが少ない男。そう言って付き合ってたよね?美咲の友達から、実は聞いてたんだ」
ハッと美咲は顔色を変えた。そう言っていたのは一度や二度じゃなかった。それを面白可笑しく伝えてくる彼女の友達も僕は嫌だった。
「僕は点数をつけられていたのかな?ごめん。僕は田舎に帰る。美咲は自分の納得できる点数の高い人と付き合えばいいと思うよ」
「……
そうじゃないと否定してほしかったけど、美咲はしなかった。
でも僕だって狡かった。好きと言ってくれるし、美人でスタイルも良いから、別にいいやと付き合っていた。点数をつけていたのは僕も同じだったんだと思う。だから美咲だけ責めるものではない。
さあ、帰ろう。あの青々とした田に立ち、土の香る畑に触れて過ごす。僕は決めたんだ。
最初はなんで帰ってきた!お金を無駄にして!と怒っていた両親だったが、僕が真面目に農業に取り組んでいると、何も言わなくなった。
朝から晩まで、ずっとさつまいもの苗を植え続けていたこともあるし、椎茸の菌入れをし過ぎで、腱鞘炎になったこともある。……でも楽しかった。野菜の生長は自分のしてきた物が目に見えてとても面白い。肥料の分量、質だけで変わる味もどこか科学的ですらある。
「ムー……夜明けと共に起こすなよー」
トイプードルのムームーは朝日が昇ると起きろ!と僕を起こす。夏なんて4時の時があった。おかげで早寝早起きになった。少し農作業をして帰ってきて、みんなの昼の弁当を作り、ムーの散歩へ行く。それが朝の日課になった。
ふと散歩中に、駅の近くのベンチに座っている女子高生をみつけた。電車に乗らないのかな?またある日は駅の改札まで行くが、足が動かないようで、立ち尽くしていた。どうしたんだろう?気になった。
ムーの散歩のふりして、近くを通ってみた。ハッとした……多分、あの子じゃないか!?と思う。僕に『こんにちは』と明るく元気に挨拶していた子。久しぶりに見たあの子は顔は青白くて、痩せていた。表情も暗いし、何があったんだろう?
一度気になりだすと気になるものだった。毎朝、散歩しながら、見てしまう。
とうとう我慢できなくなって、声をかけてしまった。
僕はどうかしてるみたいだ。
女子高生が見知らぬ男に話しかけられて嬉しいだろうか?
最初のうちは元気にしてあげたいなと思っていただけ。だって、この子は迷っていたときに僕に道を示してくれた子だから、多少……ほんの少しだけ恩返しみたいなことをしたかった。
迷惑だろうか?押し付けがましいかな?
「母さん、新居さんって知ってる?」
「知ってるわよ。環と歳が近い娘さんいたわよね。あー、ご両親離婚したけど、あそこの娘さん、一人だけ残って、高校に通ってるんだって。私なら可愛い娘なら心配だわ〜。あ、でも、あんたたちは心配しなくても一人で、大丈夫ね。間違いなく不審者も強盗も返り討ちね!」
母さんがオホホホホと笑う。……息子の扱い、雑だ。昔から雑なんだよなー。そう思いつつ、六人も男を育てた母さんはたくましいし、朝から晩まで畑や田んぼに出て働く姿は尊敬してしまう。
……っていうか、僕は無神経なことを桜音ちゃんに聞いてしまった!もう後悔しても遅かった。彼女は笑っていたけど、笑っているようには見えなかったのは……そうだよな。一人は寂しいと思う。一人でも平気な時や一人になりたい時はもちろんあるけど、平気そうにはとても見えなかった。
野菜だって、手をかけてやらなきゃ美味しくならないんだ。わりと放置しておいて良い芋類だって、様子をみながら追肥することもあるしな。
よし!とりあえず、僕ができそうなことから始めてみよう。
できることってなんだ?と考えたら、手始めに、得意のお弁当を作って渡してしまった。でも受け取ってくれて嬉しかった。少しでも元気になればいいんだけどな。そう思った。
この時はまだ純粋にそう思っていた。
僕は彼女がいつまでもあの時の小学生ではないことに気づいていなかったんだ。
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