第36話

 送ってくれている栗栖くるすさんは無口だった。ピタッと足をとめて、電柱の下で、栗栖さんが口を開いた。電柱の電気の下には、まだ残暑をたくましく生きる夏の虫たちが集まってきている。


「あのさ……たまきにお守りあげたんだ?」

  

 私はそうだった!と顔をあげた。そこにはいつもと違う気がする栗栖さんの表情だった。穏やかで無邪気に笑う表情は消えていて……まっすぐに私を見て、少し怒っているようにも見える。


「受験のお守りを買ってきて欲しいって、頼まれていたので……」


「頼まれていた!?環が欲しいって言ったの!?」


「そうです。欲しかったみたいです。……えっと……それで……あの……栗栖さんはいるかどうかわからないんですけど、私、実は……その……買ってきてしまってて……」


 私はタイミングが無くて、まだあげようかどうしようかと、グズグズ迷っていて、出せずにいたお守りをやっと取り出せた。今しかないと思ったので、慌てすぎてカバンからなかなか取り出せず焦る。


 少しの沈黙の間だったが、草むらからリーリーコロコロと虫の音が大きく聞こえる。栗栖さんが口を開く。


「えっと……僕にお土産あるの?」


「何が良いかわからなくて、お守りでごめんなさい」


「ううん。……いや、ありがとう。嬉しいよ。『交通安全御守』!?」


 ずっと、悩んで、迷って持ち歩いていたから少しクシャッとなってしまった袋だったけれど、栗栖さんは取り出して嬉しそうに目の前に掲げて見ている。


「軽トラにつけてください」


 アハハハと栗栖さんは笑い出す。いつもの明るい栗栖さんだった。さっきの顔は……?なんだったんだろう?気のせいかな?


「わかった。軽トラにつけとくよ……ホントに嬉しいよ。ありがとう」


 栗栖さんは二度、お礼を繰り返していた。


「あの……それで、どうしても話したいことがあって……」


 なに!?と少し驚いたような緊張しているような栗栖さん。


「前に栗栖さんの彼女さんが言っていた……点数稼ぎとかじゃなくて、私、普通にただ、栗栖さんに助けてもらったり美味しいお弁当作ってもらったりしていたので、お返しできることって、農作業のお手伝いしか思い浮かばなくて……その、ごめんなさい」


「ちょっと!?ちょっと待ってくれる!?えーと、つまり、桜音おとちゃんは純粋にお手伝いしてくれてたのに美咲みさきに言われた点数稼ぎとかっていう言葉に傷ついていたんだってことだよね?……まず、それは気にしなくていいんだ。だって、僕は話し相手がいるだけでも、すごくうれしかった!」


 嬉しいことだったんだ……と私はホッとした。


「それから美咲は彼女じゃない。元カノではあるけど、大学を辞めるときに別れたんだ。あっちには彼氏もいるはずだよ」


 えっ!?ち、違うの!?


「く、栗栖さんには彼女さんがいないんですか!?」


「え!?なんでそんなに驚いてるの!?いや……ごめん。畑の時に変なことあいつが言ったからだよね。美咲は幼なじみで、だからあんな遠慮がない言い方を僕たち兄弟に昔からするんだ。それを桜音ちゃんにもそんなふうに言うし、さすがにごめんってなった」


 そういう意味のごめんねのメールだったの!?ちゃんと……ちゃんと栗栖さんに早く聞けば良かった!私のバカ!おバカすぎるーー!


 顔が赤くなる。いないからといって、私が栗栖さんの彼女になれるわけではないけど、彼女がいるのに近づくのはやっぱり嫌だし罪悪感があるものだもの。


「良かった……」


「え?」


「な、なんでもないですっ!」


 思わず出た言葉に自分で焦る。


 数日後、畑にとまっていた軽トラの中には、ちゃんとお守りがつけられていた。それをみつけた私は嬉しくて、思わずもう一度確認するように見てしまったのだった。

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