第31話

 気づけば、窓側の障子が明るくなっていて、朝だった……あれから目を開けること無く眠り続けていたらしい。


 こんなにぐっすりと深く眠れたのは、かなり久しぶりだった。


桜音おとちゃん、起きた?熱、測ってね。汗かいたなら、着替えて。シャワー浴びたいかな?ご飯は食べれる?」


 栗栖くるす家の母はふすまを開けると、キビキビとした口調で言う。


 お盆にお粥と梅干し、自家製の昆布煮、出汁に浸された温泉卵、手作りの桃ゼリーがあり、小さなテーブルに置いてくれる。


 体温計を見て、まだ少しあるわねぇと呟く。


「よし!とりあえず、これから私達は稲刈りなの。だから昼には見に来るからね。シャワー浴びたいわよね?用意しておくから、入っておいて。そしてすぐに寝るのよ!?なんかあったら……千陽ちはるの電話番号知ってるよね?そこにしてね」


「いえ、だいぶ良くなったから、家に帰ります。これ以上、お世話になるわけにも……」


「なに言ってんの!?こういう時の遠慮は無し。ちゃんと良くなってから帰るの。良いわね!?勝手に帰ったら……わかってるわよね?」


 お、脅し!?半ば強制的である。顔は栗栖さんなのに、中身は強すぎる!


「は、はいっ!」


 私は頷くしか選択肢は無い。


「このモモゼリーは千陽が作ったの。あいつ、ホントにこういうことはマメなのよ。昨日の夜に食べさせようと思ってたらしいけど、起きなかったからすっごく心配してたわ。見に行こうとするから、バシッ!とやっといたわ。こんな時は寝るのが一番の薬なのよ。食べたらお盆に乗せて廊下に出しといてね」


 バシッ……?なんの効果音ですか?とは聞けなかった。よしっと気合いを入れて、栗栖さんのお母さんは稲刈り行ってくるわねーと元気よく出ていった。

  

 障子の向こう側の窓を開けておいてくれて、風通しを良くしておいてくれている。来栖家は大きい家だからなのか、9月のまだ残暑で暑い日なのだが、室内はひんやりとした空気で、とても涼しい。 


 一口お粥に口をつけると、お米の味がふわりと香って美味しかった。モクモクとお粥を食べていく。モモゼリーは透明で中に黄色い桃の缶詰の桃が入っていた。即席でサラッと作れるなんてすごすぎる……台所で作ってる栗栖さんを想像すると少しフフッと笑ってしまった。……私のために作ってくれたんだと思うと嬉しかった。


「……ごちそうさまでした」


 小さい声でポツリと言う。


「……桜音ちゃん?起きてるかな?食べれた?」


 栗栖さんの声がしてびっくりした。


「は、はいっ!ありがとうございます。食べれました。ゼリーも美味しかったです」


 そーっとふすまを半分くらい遠慮がちに開ける。ワンワン!とムーちゃんが鳴いて、うわっ!静かに!と驚く栗栖さん。


「母さんはもう田んぼ行ったし大丈夫か……僕だって心配なのにさ……」


 ちょっと警戒して周りを見つつも、敷居の線からは越えてこようとはしなかった。お母さんの言いつけをしっかり守っている。……26歳の男で長身の弟を吹っ飛ばす栗栖さんが、この態度。栗栖さんのお母さんはどれだけすごい人なんだろう?


「熱はもう微熱なのですが、もう少しいなさいって……」


「まだ本調子じゃないなら、そのほうが良いよ。寂しくない?ムーが、うろついてるから、寂しかったら一緒に寝てるといいよ。お昼にまたくるからね!」


 そう言ってムーちゃんを解き放ち、栗栖さんも稲刈りへ出かけていった。家の中には誰もいないようで、シンと静まり返った。でもなぜだろう?このお家は大きいし、一人でいるのに、なんだか寂しくない。不思議だ。


「ワン!」


「ムーちゃんがいるからなぁ?」


 嬉しそうにムーちゃんは私の布団の上にのり、コロコロと転がるのだった。


 誰にも言えないけど、今、私は単純に栗栖さんの顔を見れて、傍にいることが幸せで、このまま熱があってもいいな……なんて困ったこと考えてしまうのだった。


 顔がにやけちゃう私を許して欲しいのとムーちゃんにだけこっそりそう言った。

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