第16話

 おじいちゃんとおばあちゃんはとても喜んでくれた。父達はまだ来てなかった。来るのは夜になるらしい。出会わずに済んでホッとした。


桜音おとちゃん、来てくれたんだね」


「よく来たねぇ。上がっていきなさい。そこの方も一緒にどうぞ」


 大きな日本家屋の祖父母の家に栗栖くるすさんは『じゃあ、お邪魔します』と言って、私と一緒に入った。


 冷たいお茶とおばあちゃんの手作りの水ようかんを出してくれる。私はこの水ようかんが大好きだった。よく冷えていて、甘さは控えめで、ツルリとして美味しい。


「桜音ちゃんを連れてきてくれてありがとうね」


 おばあちゃんは心から嬉しそうに言った。


「いいえ。この水ようかん食べれて、僕もラッキーでした!」


 そうニコニコ人懐っこい笑みを浮かべて、栗栖さんは美味しい!と食べている。さすが大家族育ちで、慣れたものらしく、祖父母とすぐに打ち解けて会話をしている。


「そうなんです。僕、農業してて……あああ!野菜をなにかお土産に持ってくればよかった!慌てていたから、忘れてたー!」


「いや、私達も自分たちで食べる分は作ってるからね」


「あ、そうか。毎日、暑いから無理しないでください」


 ありがとうと祖父母が笑っている。和やかな時間が流れている。栗栖さんは簡単に壁を乗り越えられる人なんだと社交性が無い私はすごいなと尊敬してしまう。


「桜音ちゃんが会いたいって思ってくれて嬉しかったよ」


「あいつに桜音ちゃんを連れてこいと言ったんだが、こっちにも都合があるんだとか言って、聞かなくてね」


 急に訪ねた私を拒否することなく、喜んでくれる2人。帰り際も名残惜しそうに『いつでもおいで。待ってるよ』そう祖父母は言ってくれた。


「おじいちゃん、おばあちゃんも体を大事にしていてね。また、来るね」


 私は子供の時に戻ったようにニコッと笑い、そう言った。おじいちゃんとおばあちゃんも笑う。そのクシャッとした顔の皺は子供の頃の祖父母よりもずいぶん歳をとったと感じさせられる。昔はもっとハツラツとしていて、みんなで海水浴へ行ったり、山へ山菜採りへ行ったりしたものだった。


 だけど、ここには複雑な感情も難しいこともなく、昔からずっと変わらない愛が溢れていた。


「眠くならないように、これ飲んでいきなさい」


 祖父は自分が好きなメーカーの缶コーヒーを栗栖さんに渡す。ありがとうございますと栗栖さんが丁寧にお礼を言うと祖父母は首を横に振る。


「お礼を言いたいのはこっちだ。ありがとう桜音ちゃんを連れてきてくれて……」


 帰りの車の中は静かだった。お盆だからか車が多い。缶コーヒーを飲みながら栗栖さんは運転していく。


 家に着く。車から降りて、栗栖さんの顔を見た。珍しく車内は静かだったから、どうしたんだろう?と気になった。


「あの……ありがとうございました。私、一人じゃ絶対に会いに行けませんでした」


「美味しい水ようかん食べれたから、ぜんぜん良い……って、ちょっと真剣に言わせてほしいんどけど……」 


 少し躊躇ってから、真顔で、私の目をしっかり見つめてくる。その真剣さに目を逸らせなくなった。鼓動がドキドキと音を立てる。


「桜音ちゃん、辛いことは我慢しないで、僕でも良いやって思ったら、すぐ連絡してほしい。一人で我慢して苦しむのはダメだ。僕が力になれることなんて僅かなのかもしれないけどさ……」


 私は車の扉を閉めようとしてた手は、ずっと止まったままで、動けない。……なんてことを言う人なんだろう。私がこれ以上踏み込んでも受け止めてくれるの?


「大人を頼ってよ」


 大人を?つけ加えたような、それでいて頭にその言葉が響く。緊張がプツリと切れた……私が子供だから栗栖さんは親切なのかな?確かに栗栖さんから見たら私なんて子供だ。


「私、子供じゃありません……」


 せっかく栗栖さんが優しい言葉をくれたのに最後の一言がどうしても心にひっかかって、素直に返事ができなかった。扉を慌てて閉めて、私は家の中へ逃げるように入った。


 『はい。ありがとうございます』と上辺だけでも言うべきだっただろうか?……言いたくない。それを言ったら自分でも子供だって認めてしまう。


 今までの私なら、心の中の本心をうまく隠して、礼儀正しく、お礼を言っていたと思う。栗栖さんにはできなかった。


 今までの私はどこいっちゃったんだろう。

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