第15話

『今年のお盆は新しい家族を紹介したいから、悪いが、桜音おとは連れて行けない』


 祖父母の家に連れて行けない。そう父から電話がかかってきた。


 大好きな祖父母に会えないのかと思うと、すぐに『大丈夫』とは言えなかった。思わず無言になってしまう。


 私が小さい頃から、祖父母はいつも優しくて、疑うことのない愛情をくれた。


 よく来たねぇ、桜音ちゃんは見るたびに大きくなるね。と嬉しそうに言って、さり気なく私の好物ばかり作ってくれたり、買っておいたりしてくれたものだった。二人に会えないことはとても残念だった。


『聞いてるか?桜音には悪いと思うが、一緒に連れて行くのは奥さんが嫌がってね……』


「うん……大丈夫。わかった」


 私の了承をとりたかったらしい父は気まずげに、プツッとすぐに電話を切った。祖父母に言われて電話をかけてきたのかもしれない。


 また嘘をついてしまった。私だって、祖父母に会いたいのと正直に言えば良かったかな。


 優しい大好きな祖父母まで私は諦めなきゃいけないの?新しい家族に父も祖父母もあげなきゃいけないの?なんだか1つずつ私からいろんなものが切り取られていっている気がした。


 台所の椅子に座る。携帯を手にしたまま、しばらくジッとしていた。ヤモリが窓ガラスにくっついている。明かりに集まる虫を食べに来たのだろう。


 ふと、思いついて、読みかけの本から栞を抜く。青い透明なイルカを電気の明かりに透かしてみる。あの日の魚たちや栗栖くるすさんを思い出す。でも栗栖さんには彼女がいる。きっとまた私は諦めなきゃいけない。そんな自分の心をどうやって守ればいいんだろう?


 本に栞を戻し、電気を消した。吐き気がしてきた。タオルケットを暑いのに頭から被って眠った。早く朝になってほしいとギュッと瞼を閉じた。


 駅はお盆になると、いつも見かけない人達が電車から降りてきた。帰省してきた人が待っていた人達と楽しそうに喋っている。私はそれをみないフリをして、近くのスーパーへ買い物に行く。


 スーパーの中もお盆だった。帰省客のためのちょっとしたオードブルにお寿司、カットフルーツ。レジはいつもより多いお客さんに忙しそうな雰囲気。


 私は何も買わずに出た。日差しがジリジリと暑い。自販機で水だけ買って、飲みながら帰る。家から出なきゃ良かった。汗が出てきて、そう後悔した。ペットボトルも汗をかいたように水滴がついてくる。


 下を向いて、あまり周りを見ないようにし、昼間の歩道を一人でノロノロと歩いて帰っていく。


「桜音ちゃん?」


 軽トラが停まって、声がした。え?と顔をあげると栗栖くるすさんだった。


「……栗栖さん?どうして?」


 どうしてこんな時に現れるの?きっと今、私はひどく暗い顔をしてる。不意打ちすぎる。


「みんなが集まるから、飲み物買ってこいって言われてさ……この大量のビールを見てよ!一人で買いに行かされたよ。桜音ちゃん、乗っていきなよ。近いけど暑いから送るよ」


「大丈夫です。私、クーラーに当たりすぎだから、散歩してから帰ります」


「ムーだって、涼しい時間に散歩する!こんな真夏の真っ昼間にしたらダメだよ!乗って!」


 珍しくビシッと言う栗栖さん。私はびっくりし、小さく頷いて、車に乗った。クーラーの風を私に向けてくれる。火照った顔に気持ち良い。


「今、大丈夫じゃないのに大丈夫ってまた言ったよね?何かあった?」


 また私の嘘の大丈夫に気づいてしまう栗栖さん。なんで気づかれるのだろう?なんで話したくなるんだろう?


 私は祖父母に会いたかった話を栗栖さんにした。ただ静かに運転しながら話を聞いてくれた。そんなに距離がないので、すぐに家になる……と思ったら、なぜか栗栖さんは先に自分の家に行き、飲み物の箱をポイッポイッと家の中に放り込む。


「さ、行こうか!」


「どこにですか!?」


「桜音ちゃんのおじいちゃん、おばあちゃんの家だよ。僕も一緒に行く。顔だけでも見せて来よう。お父さんは連れていけないけど、会いに行くのをダメだなんて言ってないよね!」

  

 なんてことはない風に軽く栗栖さんは言う。


「そんな!栗栖さんは今からお客さん達がくるんでしょう?家に帰らないと……」


「ただ集まって、酒盛りするだけだから、良いよ。毎年、酔い潰れるまで飲む会になってる。桜音ちゃん、おじいちゃんとおばあちゃん家まで案内してよ?」


 私が返事をするより早く、車は走り出す。なんだか今日の栗栖さんは強引だった。家から遠くなるとニヤリと笑った。


「実は集まりが苦手なんだ。抜け出せてラッキーって思ってる!」


 私も今、栗栖さんに会えて、二人で出かけることができて、ラッキーって思ってる。栗栖さんとなら祖父母に会いに行く勇気が持てた。

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