第14話
「昔ながらの家だからね……あっちの家は兄さんとこの家なんだ」
「庭も大きい……」
「草刈りが大変だけど、環は庭でよく野球の練習してるよ。持ってくるから待ってて!」
タタッと家の中へ走っていく栗栖さん。私は車の中で待っていた。薄暗くなりかけた紫色の空を見上げていると、コンコンと車の窓を叩かれて驚いた。
「栗栖先輩!?」
窓を開けてとジェスチャーされて、開けた。部活から帰ってきたらしい。学生服に大きなカバンを持っている。栗栖さんとは対照的で高い身長にガッチリとした筋肉質の体。短髪の黒髪の先輩は呆れたような顔をした。
「止めとけって言ったよな?」
「はあ……えーと、なんか……はい……」
うまく言えず、私がオロオロしていると、栗栖先輩はしかめっ面をした。
「まったく……後から泣いても知らねーからなっ!」
そう言って家の中へ入っていった。入れ替わって、栗栖さんが出ていた。
「環に出会った?あいつ、図体ばっかりでかくなってさ!……身長負けてる妬みなんだけど」
フフフと私が笑うと、車に乗って、枝豆の袋を渡してくれる。けっこうズッシリ入ってる。絶対に一人じゃ食べきれない。茹でて冷凍しておこう……。
「今日、楽しかったです。ありがとうございました」
私が言うと、栗栖さんは僕の方が楽しみすぎたかも!とニコッと笑った。まだ……まだ一緒にいたい。そう思ったら、私は玄関から動けないままでいた。せめて車が見えなくなるまで見送ろう。
「今からムーの散歩するんだけど、一緒に行く?」
「え!?……行きたいです!」
「じゃあ、車を置いて、ムーを連れてくるよ。いつもの駅のところで会おう」
顔に出ちゃってるのかな?私は頬に両手を当ててみる。
ムーちゃんと栗栖さんと散歩しながら、少し一緒にいる時間が伸びたことが嬉しかった。
「ムーが、朝、駅に桜音ちゃんがいると思って走っていくんだよー!すごい懐かれてるよ」
「ほんとに?ムーちゃん、ありがとう」
ムーちゃんは撫でてもらうたびに笑っているような顔をする。夏の暑さのため、少し短めにしてある毛並みも触ると心地良い。
日が落ちて、暑さが和らいだ道を並んで歩く。それだけのことなのに幸せで頬が緩んでしまう。
『彼女いるんですか?』聞きたかったけど、そうだよって言われたら、幸せな時間の魔法は消えていく気がして、聞く勇気が持てなかった。
まだ気温が下がらなくて暑い夜。ベットに入る前に窓から外を眺めた。半月が見える。見えた月に手を伸ばす。パッと広げた手のひらを閉じ、月を掴んだ気持ちになる。私の恋が栗栖さんに届けばいいのにな。この恋を掴めればいいのにな。
読みかけの本にイルカの青い栞を挟む。気持ちを友達に戻すことなんて、たぶんもう無理だと思った。
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