第12話
何度も何度も服装を考える。こないだ買ってもらった少し大人っぽい白のワンピースにサンダル……カバンはこれでいい?水族館なら、歩きやすいものがいいかな?
そんなにたくさんお出かけ用の物を持ってるわけじゃないから、選ぶのに時間はかからないはず。それなのに迷って迷って夜遅い時間になる。
畑じゃないところで会うなんて、初めてで、ドキドキした。栗栖さんはムーちゃんの散歩してる時と、あまり変わらないTシャツと短パンというラフな服装で現れた。でもさり気なく、いつもより高めのブランド物であることに私は気づいた。
「おはよー!軽トラでごめん」
またそのセリフ!と私は可笑しくなってしまう。栗栖さんも笑っている。
「ぜんぜん大丈夫です」
軽トラは海辺を走っていく。遠い山にかかる入道雲。テトラポットの並ぶ海。なだらかなカーブが続く道を通っていく。このへんは観光地で、道の駅や食堂、カフェが並んでいる。
そう遠くはないところに住む私達だけど、なんだか遠出してきたような気分になる。
「晴れて良かったよね」
「はい。ドライブ日和!水族館日和!」
ちょっと浮かれ気味に私は答える。栗栖さんが運転しながらハハッと可愛い笑顔を見せた。
「楽しそうで良かった!最近、元気が無い気がしていたから、どうしたんだろって思ってたんだ」
「ちょっといろいろ進路のこととかあって……」
栗栖さんに彼女がいるかもって知ったから……ということは伏せておく。せっかく夢みたい日だもの壊したくない。
「そっか、高校生だもんなぁ」
「栗栖さんは高校生の時、進路で悩んだりしたんですか?」
「うん。それどころか、大学へ行ったんだけどさ、結局、農業したくなって戻ってきて、怒られた!『なんのために大学の入学金や授業料を出したのかわからん!』ってね」
栗栖さんのお父さんの真似だろうか、顔をしかめっ面にして、声を低くしてみせる。似合わなさすぎて思わずアハハと笑ってしまう。私が笑うと、眩しいように目を細める栗栖さん。
「桜音ちゃんは、なにかしたいことあるの?」
「それが……なにも思い浮かばないんです。大学行こうと思っていたけれど、母に就職するように言われて……でもじゃあ、大学行って何したかったの?と聞かれたら答えられないし、就職って言っても何をしたいのかさっぱり……」
「あの進学校で就職は珍しいね。僕はやりたいことがみつかる時は急に来ると思った。都会の大学へ行ってて、プランター栽培してるトマトの前を毎日通ってたらさ。その生長がおもしろかったのと、ここのこと思い出して、懐かしくなっちゃったんだ。畑に居るときのトマトの葉っぱの臭いとか田んぼが緑の波のように揺れる風景とかやっぱり好きで、そんな中で生きていきたいって思ったんだ。今すぐ、みつけなくても、今はみつかるまでの繋ぎを探してみる感じでいいんじゃないかな?ほら、高齢でもやりたいことみつけて、大学行ったおばあちゃんとかもいるし、そういうのも有りなんじゃないかな?」
大学生の栗栖さんが立ち止まって、トマトを見ている姿を思い描くと、私も一緒に見ているような気持ちになる。みつかるまでの繋ぎでいいのかな?いいのかもしれない。栗栖さんに言われると重たい錘みたいな自分の心が少し浮上する。
「あ、自分のことばかり話してしまって……ごめん。えーと……今日着てるワンピース、似合ってて可愛いよね」
か、可愛い!?私は聞き慣れない言葉にえっ!?と思わず聞き返してしまう。
「いつも制服とか畑はラフな感じで、それはそれでいいけど、今日のも可愛いと思うなっと……あれ?これは……はずかしいセリフかも!?」
自分で言って、自分で照れてる栗栖さん。大人の男の人のはずなのに、どこかやっぱり可愛い。
「いいえ、ありがとうございます。可愛いなんてずっと言われてなかったけど……やっぱり言われると嬉しいです」
照れてしまったけれど、素直に私は私の気持ちを言葉で伝える。栗栖さんは私の憂鬱な気持ちをラムネを飲んだあとみたいにスッキリさせてくれる。
友達に巻き戻せる……のかな?運転している横顔を見ながら、私は自信が持てなくなってきた。
栗栖さんがくれる心の温度は温かくて心地良い。好きって言葉にしなければ、一線を越えなければこのままでいてくれる?
車の中に少し開けた窓の隙間から潮風が入ってきて、夏の香りがした。今日はカラッと晴れそうだった。
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