第11話

 具合が少し良くなったので、私は教室にカバンを取りに行き、帰る。静かで、少しひんやりする風が吹く階段を降りていく。


 少し薄暗い玄関はもう誰もいない。下駄箱で靴を履き替える。最近、あまり雨が降らないのに、なぜか傘建てに傘が何本か残っている。


 はあ………と知らず知らずのうちに重いため息が出た。玄関を出ると強い陽射しに一瞬立ちくらみがした。暑い。今、何度くらいなんだろう?校門に向かって歩いて行く。


桜音おとちゃん!」


 え?空耳?なんか今、栗栖くるすさんの声がしたような………いる!?なんで!?駐車場に一台の軽トラ、中からヒョコッとムーちゃんと栗栖さんが顔を出す。


「なんで学校に栗栖さんとムーちゃんが来てるんですか!?」


「野菜を運ぶついでに迎えに来ちゃったよ!……なんてね。たまきが桜音ちゃんが体調悪そうだったって連絡くれて、それで電車は辛いだろうって思ったんだ。送ってくよ」


 こんなことってあるの!?環ってことは……栗栖先輩が栗栖さんに連絡してくれたってこと!?


「いえ、そんな……悪いです……」


 私が動揺し、車に乗ることを躊躇すると、ワンッ!とムーちゃんが吠えた。


「アハハ!ムーが早く乗れって言ってるよ」


 ムーちゃんは待ちきれないよと窓から飛び出しそうだった。思わず私もフッと笑ってしまう。


「ありがとうございます。じゃあ……お願いします」


 私がそう言って乗り込むとムーちゃんが大喜びで座席に座った私の膝に乗った。ヨシヨシと撫でる。


「こら!ムー、ちゃんと座ってろよー」


「私、抱っこしてるから大丈夫です」


「その落ち着きないやつを頼むよ」


 はいと私は言って、ムーちゃんを抱く。白の軽トラが走り出す。


「カッコイイ車じゃなくてごめんね。軽トラで……しかも汗臭いかも……」


 もしかして、栗栖さんは慌てて来てくれた?……よく見ると、足元も泥がついたままの短い長靴を履いたままだった。


「いえ、迎えに来てくれて、嬉しかったです」


 あれ?自分の気持ち、今は正直に言えたと思った。私の言葉に一瞬、視線がこちらを向いた。


「なんだか、桜音ちゃんとドライブしてるみたいで、僕も役得だよー」


「わ、私、栗栖さんと本当にドライブしてみたいです。軽トラで!」


 一瞬、静まった車内。ムーちゃんを抱っこしていると、なんだかそのぬくもりに安心感があって……いつもより大胆なことを言ってしまった。自分で自分に驚く。


「……えーと、軽トラでいいの?しかもオジサンだけど?」


「栗栖さんはオジサンじゃないです。一緒に行きたいなって……夏休みになるし……でもっ……ご、ごめんなさい。忙しいのわかってます!」


 言葉の途中で図々しいこと言ってる!?と慌ててしまう私。何言ってるんだろう!?何言っちゃったの!?自分で恋じゃなくて、友達に気持ちを戻そうって決めたのに!なんでこんなこと言っちゃってるの!?


 横で運転する栗栖さんを直視できない。


「じゃあ、畑仕事手伝ってくれてるお礼ってことで、水族館に行く?涼しそうだし、どうだろう?」


「行く!行きたいです!」


 これは夢!?私は嬉しくて、パタパタ尻尾を振って喜ぶムーちゃんのようになっていたと思う。


 気分が晴れてくる。真夏の通り雨のような私の心。落ち込んだり笑ったり、私は忙しい。隣にいる栗栖さんはご機嫌なのか、鼻歌を歌っていた。

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