第9話

 月に一回、父と会う約束をしていた。一時間半ほど電車に揺られると、少し都会で賑やかな市がある。そこで父は新しい家族と生活を営んでいる。


 駅前で待ち合わせをしていた。時計台のあるところで立っている薄手のジャケットを着た、きちんとした服装の父がいた。ただ娘と会うだけなのに、父はいつも少し緊張している気がする。


「こっちだ!桜音おと、元気だったか?まず昼飯でも食べよう」

 

 久しぶりに会う父だった。一ヶ月に一回という面会日だが、それを律儀に行っていたのは最初だけだった。2ヶ月に一回、3ヶ月に一回……そうやって、だんだん会わなくなるのだろうと私は思った。


 イタリアンのお店で食事をし、学校はどうだ?とかお金は足りているか?生活はちゃんとしてるのか?などの話をした。


「お父さんは元気にしてた?」


「うん、元気にしていたぞ。こないだ、山に登って、山の頂上で一泊して、その日昇ってきて1番の朝日を皆で見てな……ああ、あっちの家族なんだが、おまえと同じくらいの女の子と小学生の男の子なんだが、とても感動してな……」


 ひとしきり、山登りが楽しかったという話をする父。私はそうなんだと相槌を打つ。私もお母さんも登山に興味が無かったから、父は一緒に趣味を楽しんでくれる家族ができて嬉しいだろうと思った。


「どうだ?服でも買ってやろう」


 駅ナカにあるショッピングビルで食後に買い物をしようと父が提案した。


「大丈夫。そんなにたくさん服はいらないし……」


「靴やカバンでもいいぞ!女の子なんだから欲しいだろう?」


 そう言って、父はほら、見てみようと店へ半ば強引に連れて行った。私は夏用のワンピースを買ってもらう。普段は制服だし、どこかへ出かけることもないんだから……と、私は思って一着だけ選ぶ。


「一着しかいらないのか?」


「うん。大丈夫。もう十分」


 ふーんとつまらない顔をする父。私と父は予定より早く帰ることにした。別れ際に苦笑し、冗談めかして父は言った。


「新しい家族に、おまえと同じくらいの女の子がいるけど、もっと可愛くおねだりをしてくるぞ?可愛げがないと損をするぞ。女の子は可愛くなくっちゃなぁ」


 一瞬、何を言ってるのか理解できなかった。私は目を見開いたが、すぐにニッコリと笑ってみせる。


「今日はありがとうお父さん。ここでいいわ。またね」


「そうか?じゃあ、困ったことがあったら言うんだぞ。いつでも連絡してきていいんだからな。元気でな。またな」


 ハイと返事をし、私は手を振って、駅の改札へ急ぐ。気持ち悪い。吐きそうだった。父から私の姿が見えなくなったことを確認してから、壁に寄りかかる。また頭痛。頭痛薬持ってくれば良かった……しばらく動けない。


 可愛げがないと言われたのは初めてじゃない。わかってる……私は人に甘えるのが下手で、素直に言葉にできなくて、可愛げがない。


 新しい家族。まるで新しい服を買って古い服を簡単に脱ぎ捨ててしまう、そんな父の潔さが今の私にはわからなかった。いつか大人になった時に理解できるのだろうか?

 

 暑さだけではない汗が伝う。ハンカチで何度か拭く。なんとか来た電車に乗る。電車の中はクーラーが効いていて、ひんやりとした空気が流れていた。座席は空いていて、座れてホッとする。窓側に座って、重い頭を窓のガラスにくっつけた。


 夜になりかけているけれど、夏だからまだ少し明るさが残る外の景色を眺める。揺られながら、時々目を閉じる。疲労感がある。眠気がそのうち襲ってきてウトウトとした。


 ピコンと電話が鳴った。その音で目が覚めた。栗栖くるすさんだ!私は表示されている画面を見た。写真付きメール。そこに映るのは花火?


『今日は花火大会だね!桜音ちゃんは見てる?もしかして花火大会に行ってる?』


 花火大会……?じっと文字を見つめた。私は息苦しさを感じた。誰と行ってるのかな?ううん。栗栖さんが誰と行こうが誰と花火を見ようが、そんなこと私が干渉する権利なんてない。ギュッと拳をつくる。返信しようとしたけれど、指が動かない。


 その時だった。


「花火だ!見て見て!花火が見える!」


「今日だったよね。忙しくて忘れてたー!」


 他の人の声で窓の外を見ると、小さい花火が海の方にあがっていた。赤や緑、青色、金色の星が空に咲いたり降ったりする。私は窓を少し開ける。開けた瞬間、風と共に花火の音や匂いまでするような気がした。


『花火、見てます。綺麗ですね』


 やっと返信した。打つ指はかすかに震えていた。電車は小さな花火をどんどん遠くさせて、消えた。


 父の言葉や顔が浮かぶ。新しい家族とうまくやってるようで、良かった。……皆、楽しそうだし、幸せそうで良かった。

 

 そう心から思うのに、何故かじわりと目の端に涙が滲んだ。花火の音が少し開けた窓から聞こえ続けた。

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