第8話
夏休みが近くなった頃だった。
「なんか日焼けしてない?海でも行ったの?」
「ううん。行ってないけど……」
行ってないけど、
「ふーん、でも最近、なんだか体調も顔色も良いから元気なんだなーってわかるわ。なんか良いことあったんでしょ?」
ギクッとするが、なんにもないわよと誤魔化す。だって、ホントになんにもないんだもの……と私は思う。休日の空いてる時間に農作業しながら話したり朝の時間に少し会ったりする程度の関係だもの。
そして私だけが、栗栖さんの言葉や仕草に、嬉しくなったり動揺したりしてるに違いない。
でも最近、メールのやりとりも少しするようになってきたし、少し前進してる?……なんて、私の勝手な思い込みかな?頬が赤くなっていないか心配で、手をやる。
「
ざわりと教室がざわめいた。日に焼けていて、背が高く短髪の男子生徒がドアの前に立っていた。
「あれって野球部の!?え!?桜音、知り合いだったの?」
茉莉ちゃんがそう言う。私は首を傾げ、だれなんだろう?と思いつつ、はい?と行くと、男子生徒は手招きする。私は誘導されるまま、階段下へと行った。
「オレは三年の
「えええ!?同じ学校に栗栖さんの弟さんがいたなんて!知らなかった……です」
「やっぱり知らなかったんだな」
そう知らなかった。しかもぜんぜん似てないし……私は高身長の先輩を見上げる。
「最近、兄貴と仲良いよな。話してるのをたまたま見かけてさ。でも言っておいてやろうと思って」
「何をですか?」
「兄貴には東京に美人な彼女がいて、遠距離恋愛してんだ」
『遠距離恋愛』『彼女』……決定的な言葉だった。一度、キュッと唇を噛み締めてから、私は口を開く。
「そうなんですね。でもお兄さんとは私、気が合うだけで、恋愛関係とかじゃないし、きっとお兄さんも妹や近所の小さな女の子くらいにしか思ってないと思います」
なんだか、私の心を見透かされてるような気がして、早口になってしまった。
「なら、いいけど、後から、こんなことわかるほうが嫌だろ?もし新居が兄貴を好きになったらと思ってさ」
私は無理矢理、ニッコリと笑顔作った。
「栗栖先輩、教えてくれてありがとうございます」
教室に帰ると茉莉ちゃんが盛り上がっていた。
「野球部の栗栖先輩じゃない!まさか、告白された!?ピッチャーしてて、人気あるのよ!?」
「私が告白されるとか、そんな事あるわけないでしょ」
「桜音が自分で思うより周囲は気になってると思うけど?白い肌に長い黒髪、ちょっと謎めいた雰囲気で、わりと男子たち見てるし、新居さん良いよなぁって噂してるわよ?」
その謎めいたってなんなのよ?しかもそんな視線を感じたことなんてないし、言われたこともない。絶対にからかってる。ふざけたことを言う友人に私は無理矢理、ハハッと笑顔を作って見せる……が、茉莉ちゃんは気づく。
「ちょっと!?大丈夫なの?顔色、真っ青だけど!?」
「大丈夫。貧血みたい。少し休めば治るから……」
栗栖さんに彼女がいるかもしれないって少し思っていた。だって大人の男の人だもの。ズキズキと頭が痛む。当たり前のことを当たり前のように言われただけ。
もうすぐ夏休みになる。栗栖さんとは朝、会えなくなる。その間に私の気持ちを友人や知り合いに巻き戻そう。そうしよう。大丈夫。できる。……なんで、恋してるって自覚しちゃったんだろう?
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