第7話

「だんだん気温が高くなってきたから、水分摂ったり休憩したりしてね」


 きゅうり畑の周辺の草むしりをしている私に栗栖くるすさんが首にタオルを巻き、暑いなーと汗を拭き拭き、声をかけた。

 

 栗栖さんは、出荷するきゅうりのカゴを持っていた。一本一本は軽いけど、どっさり採れるから、けっこう運ぶのも力仕事だ。しかもきゅうりはチクチクしていて、葉も茎も実も棘に注意!素手で触り過ぎたら腕も手も痒くなる。


「肌、赤くなってないよね?」


 一度失敗して赤くなったことがあるので、心配している栗栖さん。そっと私の腕に触れて見て、確認し、ホッとしている。さり気なく触れてるだけなのに、ドキドキしてしまう。もちろん緊張してるのは私だけ……。


「なにも知らなくて、すいません」


「違う違う、言わなかった僕がダメだった」


 こっちこそごめんねとションボリとし、困った顔をしている。野菜の本を買って勉強しよう!その顔を見て、私は本気でそう思った。


 今日、ムーちゃんはクーラーの効いた部屋でお留守番らしい。


「ムーの生活が、羨ましいよ!散歩してご飯食べて昼寝してる。涼しい部屋でさー」


 栗栖さんは羨ましいと言うけれど、いつもテキパキ働いてるから、たぶんジッと部屋で大人しくしてなさいと言われてもきっと無理な人だと思う。


 私は汗をタオルで拭いた。お昼近くになり、朝からいつ言おうか?どうしようか?と思っていたことを控えめに栗栖さんに言ってみる。


「あの……栗栖さんの手作りお弁当には絶対に敵わないけど、私も作ってみました。栗栖さんの方が上手だけど……」 


 え!?と驚かれた。今まで、作るのも食べるのもめんどくさいと思っていたのに、私は朝からご飯を炊いて、卵を割って、焼いて……何をしちゃったんだろうと今さら、恥ずかしくなってきた。


「まさか!桜音ちゃんのお弁当を食べれるなんて……良いの!?良いのかなぁ?すごい嬉しいよ」


 無邪気すぎる笑顔を見せられると、ますますお弁当箱の蓋を開けにくい。


「ほんとに栗栖さんの方が上手なんです。私、料理得意じゃないから……おにぎりだって不格好だし、卵焼きもちょっぴり焦がしたし」


 ぜーんぜんいいよ!と栗栖さんはパカッと蓋を開けた。大きさも形もバラバラのオニギリ、焦げ目のある卵焼き、タコウインナー、トマトの胡麻和え、きゅうりの浅漬け……以上である。栗栖さんのお弁当と比較したら恥ずかしくなってしまう。


「このトマトときゅうりはこないだ頂いたやつです」


「美味しそう!いただきまーす」


 パクパクと食べていく栗栖さん。幸せそうに一つ一つを丁寧に噛んで食べている様子にホッとして、私も一緒に食べる。


 半分ほど食べた頃、私の顔を見て、ニコニコしながら言う。


「うん!どれも美味しーよ!卵焼き、甘いの好きなんだ。焦げちゃったのは砂糖を入れたからだよね。甘くて美味しい!トマトの胡麻和え、初めて食べたなぁ……良いかもしれない。僕も作ってみよう」


 思いがけず、とても素敵なことを言ってくれるので、私は照れてしまって、下を向いて、食べる。卵焼き、砂糖を入れすぎちゃったけど、栗栖さんは卵焼きは甘いのが好きと覚えておこうと思った。


 お昼ご飯が終わると敷いたシートの上にゴロンと寝転がる栗栖さん。しっかり完食してくれた。


「お弁当食べたら、後は昼寝だー。お腹いっぱいになったら眠くなってきた……」


 目を閉じて、幸せそうな栗栖さん、日陰に入ってくる風は涼しくて、心地良く、昼寝には最高かもしれない。前髪が風でサラサラと揺れている。被っていた帽子はお腹の上。……って、寝るの早い!もう、スヤスヤと寝息を立てている。寝顔、やっぱり幼くて可愛い。睫毛も長いし。ほんとに26歳なのかしら?と疑ってしまう。


 私も眠くなってきて、栗栖さんの隣に真似をして、パタッと横になる。しばらくぼんやりと風が揺らす草の音を聞いていたけれど、いつの間にか寝てしまっていた。どのくらい経ったのか、木々の間から漏れる太陽のチカチカとした光で目が空いた。


 ふと、横にいた栗栖さんは?と顔を向けると、優しい顔で私を見ていた。


「おはよう。すごく気持ちよさそうに桜音ちゃん寝てたよ」


 そのどこか慈しむような優しい笑顔に私は息が止まった。色素の薄い茶色の目がこちらを見てる。顔の温度が一気に上がる。ドキドキする鼓動はうるさいくらい。目が栗栖さんから離せない。


 さすがに私も気づいてしまった。もう誤魔化せない。


 この気持ちは………恋だ。

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