第5話
これはなんでしょう?広大な玉ねぎ畑に広げると簡単にできるミニテントがあった。しゃがんで覗き込む。
「これはムー専用のテントだよ!陽射しが暑い時は、ここに入れるようになってる!」
ムーちゃんが、そうだよと肯定するようにワン!と吠えた。ムーちゃん愛が熱い!
「トイプードルは寒いのも暑いのも苦手なんだ。だから、こうして日陰を作ってるんだけど、さすがに真夏は連れてこれないんだよね」
残念そうにムーちゃんを撫でている。
「なるほど……そうなんですね」
「ムーとここで遊んでても座って眺めてても良いんだけど……」
そういうわけにはいかない!と私は立ち上がる。苦笑しつつ、
「この玉ねぎの葉の上についているのがネギ坊主!これがついているものを抜いていってくれる?」
「これは玉ねぎじゃないんですか?」
「玉ねぎなんだけど、ネギ坊主がついているやつは、これ以上大きくならないし、実も硬い」
なるほどと私は納得し、順番に黙々と抜いていく。ネギ坊主はたくさんはないけれど、普段、運動していない私は抜いて集めて、一箇所に置く……そんな作業だけなのに汗が出てくるし、手は痛い。完全に運動不足の軟弱な私。
畑を見回すと、テキパキと動く栗栖さんがいた。見た目より体力も力もある。さすがだった。一輪車を押して、肥料らしき大きな袋をいくつも運んだと思ったら、抜いた良い方の玉ねぎを天日干しするためにきちんと並べていく。一つ一つの行動がテキパキしていて、早い。
時折、頭上をカラスやとんびが飛んでいる。私はベージュ色の帽子を取って、時々パタパタ仰ぐ。暑くなってきた。5月だけど、気温の高い日もあり、夏のように感じる。
「
はいと私は返事をした。ちょっと玉ねぎ臭くなった手を傍に流れてる小川で洗う。
ミニテントには入らず、私や栗栖さんの様子を退屈そうに、寝そべって見ていたムーちゃんは私が近づくと『遊んでくれる!?』と嬉しそうに飛び起きた。
「ムーちゃん、お水飲もう」
ムーちゃん専用のペットボトルから水を出す。青色の容器に水が入っていくと、ガフガフと飲む。可愛いなぁと飲み終わったムーちゃんを撫でた。ふわふわのぬいぐるみのような毛並み。もっと撫でて!とお腹を見せてくる。
「ムー、喜んでるなぁ。桜音ちゃんは水筒ある?」
「あ!持ってきました!」
麦茶沸かすのめんどくさいから中身は市販のなんだけど……。
「持ってきてたのかー!他の人からもらったやつなんだけど、自家製麦茶、飲んで見る?」
「麦茶って自家製で、できるんですか!?」
大きな水筒から紙コップに注いでくれる。ひと口飲んで見る。ふわりと香ばしい香りと微かな苦味が口に広がる。
「美味しいです。香ばしい良い匂いがする」
「わかった!?そうだろー?って、僕が作った麦茶じゃないんだけどね」
アハハと笑う栗栖さん。その楽しそうな声にムーちゃんが反応してクルクル踊るように回った。
「他の家族の人は、今日はお休みなんですか?」
「家は家族が多いから、作業を分担してるんだ。今日の僕の担当は玉ねぎ!あー、でも、一番上の兄さんは休みもらって、子どもの試合の応援に行ったかな?小学生なんだけど、野球してるんだ」
「大家族なんですか?」
「聞いたことない!?栗栖家の6人兄弟の話?たぶん弟は
「私、疎くてすいません」
「いやいやいや!僕も近所のことや町内のこと、あんまり知らないんだ……だから、無神経に聞いてしまって、あの時はごめんね」
あの時というのは、たぶん私の家庭事情のことだろう。
「大丈夫です」
ニッコリと私が笑うと、栗栖さんは真面目な顔をして言った。
「大丈夫じゃない時は大丈夫って言わなくて良いし、無理に笑わなくて良いんだよ」
……私は返事ができなかった。栗栖さんの目と私の目が合ったまま静かになった。どこかでケンケンと鳴く鳥の声がした。
なんでこの人には嘘だとわかってしまうんだろうか?大人の人だからじゃない。だって、私の両親は気づかないもの。
不思議な人だと私は思った。
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