化けて出やしないわよ

「秋と言えば?」

 朝食の席で最初の彼女の口から飛び出した言葉がこれだった。

「……やっぱりアレだよね。」

 淡々と口にしたようで彼女の眼には静かな光が宿っており、加えて秋というワードが指す時期、彼女の職業、そして私の職業を鑑みればその問いに答えるのは容易に違いなかった。彼女は目玉焼きに追加で醤油を垂らしながら、私の眼を見据える。そして案の定手元が狂い、大量に降りかかる醤油。思わず茶に沈んだ黄色の孤島を二度見して、彼女と目を見合わせて、おもむろに両手を合わせた。まだ波紋が揺れる海をどうするか三秒ほど考えて、皿に白米を投入する方向で決着がついた。

「そう、私だって天高く肥ゆる馬のごとく真莉のごはんで肥え太りたいところだけど。」

「私だって溜めに溜めた積読を消費したいところだけど。」

「やっぱり秋と言えば。」

「紫とオレンジの。」

「焼き芋ではない。」

「「ハロウィンだよね。」」

 突き出した人差し指を勢い余ってお互いにぶつけながら、声を揃えて言い切った。

「やー、いいよねぇハロウィン。モチーフの宝庫だよね。」

「紫とオレンジなんて最高の組み合わせな上にゴースト、魔女、吸血鬼、狼男、満月に蜘蛛。異形オンパレードでしかもお菓子とくるからねぇ。」

 ハロウィン好きは全クリエイター共通だったようだ。ふふふと肩をゆする。

「ハロウィンは何かやるんですか。」

「大きいお友達は海外のお菓子をいっぱい取り寄せました。」

「それはそれは。届くの楽しみだね。」

「届くと言えば、今朝の手紙何だったの?」

「あっ、そうだった。庵にも見せようと思ってたの。」

 食べ終えた皿を流しに置いてから寝室へ。机の上に置いてあった封筒を手に取る。鮮やかな空色の封筒には角ばった字で宛名が記されている。シールタイプの大きな切手が新鮮だ。

「見て見て。」

 封筒から写真を一枚取り出して彼女に渡す。それを受け取った彼女は一瞬目を輝かせて、それから眉間に思いっきりしわを寄せた。

「すっごい悔しいんだけどさ、いい写真撮るよね。」

「『百万ドルの夜景を十倍の価値にしてお届けしてやるわ。』だって。」

「うわーむかつく! しかもマンハッタン! 羨ましい!」

「海外旅行に行くお金はないもんね……。」

 布団を一式揃えたのが存外にこたえた様で、マンハッタンどころかお隣の国に行けるかも怪しい。

「でもさ、こうやって現地直送の生写真が届くってなかなかないよね。」

「永実ちゃんに感謝しなきゃ。」

「それはちょっと癪だけど。」

 彼女は不満を体現していますとばかりに唇を尖らせる。

「もう。」

 ぷに、と膨らんだ頬をつつく。ぷしゅっと空気が抜けて笑顔が現れる。

「嘘々。嘘じゃないけど。」

「どっちなの?」

「大人でいたい建前と、大人げない本音。」

「いい大人でしょ。」

「年上だからね。」

 全然年上だと思えない。でもそこがまた彼女の魅力のひとつなのでよしとする。今日も平和だ。

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