微睡のカフェイン
窓からのぞく入道雲をぼんやり眺めながら、ぐでーっとのびる。夏だ。本格的に暑くなってきただろう外とは裏腹に、エアコンの冷たい空気が体を取り囲む。地面に近ければ近いほど涼しい。よって床に寝転がるのが最適解なのだった。カーペットのシャリシャリした感触が途切れると、ひんやりとしたフローリングが肌に吸い付く。一箇所が温まってしまえばごろごろと移動して、新たな涼を求める。
「何もやる気が起きないぞー……。」
夏生まれなのに暑さは苦手だ。こうしてゴロゴロしているのは決して暇だからではなく、暑いからだ。エアコンが入った部屋で何を、という反論は認めない。気分的な問題なのだ。
「言っておくけど自由業に休業日はない。」
営業日もないのだけど。とにかく今日はのんびりする日だ。意地でも起き上がらないぞ。
「うーん。」
隣の部屋で彼女が仕事をしているかと思うと、寝転がっていていいのかと問いただす自分も脳内にはいるのだけど、結局怠惰が勝っている。さっきミルクティーを飲んだばかりなのにじわじわと睡魔が襲ってきて、床で寝ると腰が痛くなるとわかっていても、ベッドまで移動する気力がわかない。
「寝るなら動く、起きるなら動かない。」
数秒迷って起きていることにした。何か眠気も吹き飛ぶようなことを考えよう。
「眠気も吹き飛ぶ……。」
彼女、彼女の、ウェディングドレス姿が見たい。
「うひゃぁ……。」
本当に眠気が吹っ飛んでしまった。我ながら単純だ。想像だけでお腹いっぱいだ。しかし現実に見られるしたら。心行くまで眺めて、それから、写真を撮って。
「……写真か。」
体が止まっている反動で思考は反復横飛びだ。少しだけ昔のことを思い出す。
「永実ちゃん、元気にしてるかなぁ。」
もくもくと膨らむ入道雲に何かを重ねようとしたとき、生まれるはずのない風が額を撫でていった。
「臨兵闘者皆陣裂在前!」
ずびし、とデコピンされる。そこは九字を切るところでは。
「……庵?」
「何かよからぬことを考えているような気配がした。」
「ははは動きたくないなんてそんなこと一切……。」
「こんなとこで寝たら体ギシギシになるよ。」
「わかってる、それは……長年の経験から……。」
「はい動いた動いた。」
「うぅ……。」
床に突く手にもまるで力が入らない。へなへなとへたり込む。
「夏バテ?」
「そうかも……。」
「んー、そう。」
差し出された手に引っ張られ、やっとのことで上半身を起こす。頭がさぁっと冷たくなって、目がチカチカする。立ち上がってもいないのに立ちくらみだ。臓器が正常位置に戻ったことで少し浮遊感を覚える。
……そこは重力を感じるところでは。
まだ緑がかった視界の隅では柱が上下に揺れている。ような気がする。そして急に沈み込む。ふかふかした質感に包まれて、優しい闇に覆われる。
「おやすみ、真莉。」
目を閉じる前に見たのは、彼女の顔だったように思う。
■□■□■□■□■□
「よく寝る子だこと。」
数時間前に起きたばかりなのに、既に小さな寝息を立てている彼女の髪を梳く。
「『特別なひと』の引き出しに、一度入れたら二度と出せない。」
しょうがないよなぁ、とぽつり呟いた。
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