19.舞台稽古




「ああ、美しいシンデレラ。僕と踊ってくれませんか?」



 ひざまずくハスキーボイスの夢子の手を取る。



「も、もちろんです、王子様......」


「カァットッ! こらぁ雄二! そんな棒読みじゃなくてもっと感情込めてよぉ! 最初っからぁ!」


「だーっ! 何でそうなんだよ!? もうやめやめ! てか何で俺がシンデレラやらなきゃなんないんだよっ!」



 頬をふくらませてむくれる夢子から手を離して台本を床に投げつける。


 学校から帰って約一時間。


 夢子の練習にイヤイヤ手伝う事になった俺は、我が家のリビングでシンデレラ役を演じているんだが......


 これは新手の拷問なんだろうか?


 料理する母さんがさっきからこっちを見てニヤニヤしている。


 高校生男子が母親の前で本気でシンデレラを演じる。


 辛い。



「こらぁ! 大切な台本を粗末にするなぁ! バチ当たるよ!」


「上等だ! 当ててみやがれ! てか何で通しでやらせんだよっ!? シンデレラと王子が出会った辺りから始めればいいだろ!?」


「それは.........」


「なんだよ?」


「......面白い、から?」


「もうやらん」


「あっ、ちょっと待ってよ!」



 背を向けた俺の手を夢子が掴む。



「お願い、練習付き合ってよ。本番までそんなに時間ないから、本当は結構焦ってる......」



 あまり見ない不安げな表情。

 そんな顔するのは、卑怯ひきょうだ。


 そんな夢子の頭をチョップして床に投げ捨てた台本を拾う。



「だったらちゃんとやれ」


「ありがと雄二! じゃ最初っからね!」


「鬼なの!? さっきの話聞いてた!?」


「いいじゃない雄二。最初からやってあげなさいよ。聞いてる私も......ふくっ! 面白いし」


「笑うな母さんっ!」


「はい雄二、じゃあ最初っからいくよー!」


「おまえのさっきの不安顔はどこに消えた!?」


「よぉい、アクション!」


 

 さっき大切とほざいてやがった台本を丸めて机に叩きつける夢子を睨みつけ、俺は台本の最初の文字を朗読した。



「カァットッ! もっと悲しそうな声で! もっと体で感情を表現してっ!」


「うるせぇえええっ!」

 

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