16.もう、我慢の限界




「カレー、美味しかったね」


「ああ。京香さんの料理は本当に美味い。毎日食べたいくらいだ」


「それ、お母さんに言ったら本当に毎日食べさせてくれるんじゃない?」


「やめろ。京香さんの事だ、本気に捉えかねん」


「えーっ! 楽しそうじゃん! 恥ずかしいんなら私から言っといてあげよっか?」


「そういう話じゃない! てかマジで言うなよ!」


「それフリ?」


「フリじゃねぇわ!」


「えー。どーしょっかなー」



 いつもの唇に人差し指を当てるポーズで微笑む夢子を睨む。あざとい。


 コンビニの帰り道。

 たまに頬をかすめる夜風が心地いい。


 くだらないやり取りをしつつ、家路に続く道を夢子と歩く。


 さっき家で聞いたドッキリの話を深掘りするのはやめた。


 なんとなく、あまり深入りしない方がいいような気がしたからだ。



「高校に入ってからというもの毎日が怒涛どとうだねー」


「そうだな」



 これでまだ入学して数日と言うんだから驚いてしまう。


 茜を好きになってアリスに振り回される毎日。


 言えば一瞬だが、本当に濃い毎日を送っていると思う。



「雄二、クラス委員にもなっちゃうし、置いてかれちゃった感じするなー」



 歩道と車道の間にあるコンクリートの上に乗った夢子がバランスを取りながら歩く。



「中学までは毎日ずっと一緒だったのにね」



 前を歩く夢子の背中が小さく感じる。


 言うなら今なのかもしれない。



「あのさ夢子」


「ん?」


「今日はその、ごめん」


「謝らないで。いいよ。何にも気にしてないから」



 嘘だ。


 振り返った夢子の笑顔は、作り物を貼り付けたようだった。



「あーあ。私としたことが失敗しちゃったなー。雄二は茜ちゃんのこと好きになるし、アリスちゃんに好かれるし。坂梨君は相変わらずずっと雄二と一緒にいるし。ホント敵だらけ。手を打つのが遅かったなー。反省反省」



 俺の前に立つ夢子の顔はもう笑っていない。



「私は雄二が好き。雄二が誰を好きになろうが、誰から好かれようが関係ない。私はもう、我慢しないから」


「我慢って、なんだよ......?」


「んー、なんだろうねっ!」



 何て話してるうちに家に着いてしまった。

 

 夢子は俺の手からビニール袋を奪って家の方に歩いていく。



「言ったらスッキリしちゃった! アイスありがと! じゃあまた明日ねー!」


「あ、ああ」



 話、そびれてしまった。


 気になったが、帰る気満々で手を振る夢子に話を続けることは出来なかった。



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