04.対等




 千載一遇せんざいいちぐうのチャンス。


 きっとそれはこういう状況の事を言うんだろう。



佐伯さえき君、さっそくなんだけどもどうしましょうか?」



 俺を見つめる秋名あきなさんの白い陶器とうきのような美しい横顔を窓から差し込む夕日がオレンジにめる。



 放課後の教室に好きな人と二人っきり。



 絵に描いたような青春シュチュエーション。


 夢見た光景に胸の高鳴りが抑えられない。

 


「ねぇ、聞いてる?」


「えっと、クラスでやる親睦会しんぼくかいのことだよね?」


「そう。クラス委員で決めていいって言われたけれど、なにをやるのがいいのかしら?」



 秋名さんのクラス委員という言葉に思わず口元がゆるむ。


 まさか俺なんかがクラス委員になるとは。


 生まれて初めての大抜擢だいばってきにびっくりだ。

 


「なに笑ってるの?」


「ごめん! クラス委員やるの初めてで、正直ちょっとテンパってる」



 テンパってる理由はそれだけじゃないんだけどね。



「そうなの? 意外だわ。あなた目立つし、周りから好かれそうだから、てっきりこういう役割に慣れてると思っていたわ」


「いやいや、そんな事ないよ!」


「まあいいわ。なるべく早く決めましょう。あなたを待ってる人がいるみたいだしね」



 秋名さんが窓に視線を向ける。


 オレンジに染まる校庭、その先の校門に見える小さな影にチクリと胸が痛む。



「桜木さん、お昼からずっとあなたのこと待ってる。どうする? 今日はもう遅いし、親睦会の内容を考えるのはまた明日にする?」


「.........うん。ごめんね。また明日お願いします。親睦会でやれそうな内容、家で考えてくるね」


「ありがとう。正直助かるわ。私、こういう企画考えるの苦手だから」


 微笑む秋名さん。


 う、嬉しい。頼りにされたー! 嬉し過ぎて泣きそう。



「ねえ佐伯君、さっきから大丈夫? 表情が落ち着かないようだけど、体調でも悪いの?」



 ごめんね秋名さん。体調は悪くないです。


 でもね、さっきから気持ちがジェットコースターみたいに乱高下らんこうげして動悸どうきがします。たまに声も上擦うわずっちゃうし。


 顔に出まくってるらしい、剥き出しの感情を鎮めるために一つ咳払い。



「秋名さんは、こういうクラス代表は慣れてそうだね。中学でもやってたの?」


「ええ。中学三年の時は生徒会長もさせてもらったわ」


「生徒会長!? そりゃすごいね! みんなに頼りにされてたんだ!」


「頼りに.........そうね。そうだといいんだけれど」



 秋名さんの顔に少しだけ影が差したような気がした。



「思えば物心ついた時からずっとこういうまとめ役をしていたわ。だからこういう役には......慣れてる」



 いつも頼りにされる。常に周りが彼女を認める。


 それは幸せなんだろうか?


 きっと答えはノーだ。彼女のさみしげな表情がそう言っている。



 自分は誰かの支えになれているのだろうか?

 周りの期待に応えられているのだろうか?



 そんなプレッシャーがあの差し込んだ影を生み出しているのかもしれない。



「すごいね、秋名さんは」



 そんな彼女に伝えられること。


 ありがた迷惑かもしれないが、今の俺にはこれしか思い浮かばない。



「秋名さんは俺のこと頼ってね」



「え?」


「だって同じクラス委員なんだから対等でしょ?」



 秋名さんのりんとした瞳が少しだけ見開かれた様な気がした。



「秋名さん?」


「............そんなこと、生まれて初めて言われた」


「そうなの? ははっ。よかった。俺が秋名さんの初めてになれて」



あかね




「え?」


「私の事、茜って呼んで。だってその、同じクラス委員だからその、対等なんでしょ? 対等なのにさん付けなんておかしいから」

 


 顔をそららした秋名さんの顔が赤に染まる。


 これはきっと外から差し込む夕日のせいだけじゃない。



「ふふ。うん、そうだね。対等だ。じゃあ俺の事も雄二で。改めてよろしく茜」


「.........笑わないで。よろしく雄二。あら?」


 ふと茜が窓の外に視線を送ったので同じように外を見る。


 相変わらず美しい燃えるような夕焼け。オレンジに染まる校庭。その先の校門には......あれ?



 さっきまであったはずの小さな影がそこにない。



「桜木さん、いないわね。先に帰ったのかしら?」

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