02.新入生代表、秋名茜



 初めて入った体育館。


 慣れない建物の匂いに、知らない同級生達の笑顔。


 始まる新生活への少しの不安と膨らむ期待。


 浮き足だった周りの雰囲気からそんな心境が感じ取れる。



 だが。



 だが、はっきり言おう。今の俺にそんな感情は微塵もない。むしろその真逆だ。



「今日お昼で学校終わるから、その後一緒に駅前のファミレス行こーね、雄二。私パフェ食べたーい!」



 隣で何事もなかったかのように、普段通り話しかけてくる幼馴染の存在が気持ち悪すぎて吐きそうだ。



「ねえ夢子」


「なに雄二?」


「あのドッキリのネタばらしはしてくれないのかな?」


「ネタばらし? 雄二にばらせるようなことなんてなにもないけど」


「ないはずあるかぁ! こっちは聞きたいこと山程あるぞ!」


「そうなの? 例えば?」



 やべ。そうやって聞かれると何から聞いていいのかすぐに言葉が出てこない。



「まず、どうやって雄二がこの高校に入る事がわかった?」


「和馬!」



 まごつく俺の横から現れた和馬に、あからさまに夢子の表情が不機嫌になった。


「えー。坂梨君の疑問に答える気はないんだけど。てか今、雄二と話してるんだからけど。横から入ってこないでくれるかな?」


「別にいいだろ。雄二もきっと疑問に思ってるはずだし。なあ?」



 頷いて和馬に肯定する。


 聞くならまずはそこからか。


 今回、夢子と離れる為、俺の受験する高校を知っていた人はほとんどいない。


 知ってるのは和馬と担任ぐらいだったと思う。


 我が家は放任主義で、親は進学するなら自由にすればー的な人種なので、特に相談はしていない。


 和馬はこの様子だし、そうなると......



「担任から進学先聞いたのか?」


「あいつ教えてくれなかった。個人情報だとか抜かしてね!」


「なにも間違ってはないだろ。ガチで個人情報だし」


「でも私と雄二の関係性でだよ!? 幼馴染だよ!? お前より付き合い長ぇよって話じゃん! マジで理解できないっ!」


「.........いや、先生はとってもよく俺たちの関係性をご理解頂いていたと思う」



「だから仕方なくパパにお願いしたの」



 パパ、だと?



 夢子の不穏なワードに背筋がゾクリとした。



「雄二のお父さん経由で雄二の進学調べてって。業務指示で」



 ニッコリと笑顔で笑う幼馴染兼、社長令嬢。



「おまっ......それ卑怯だろ!」



 夢子の家は老舗大手大企業。


 俺の父さんは夢子の親父さんの会社で課長をやっている。


 言うなれば、我が家は夢子の親父さんの経営手腕のおかげでおまんまにありつけていると言っても過言じゃない。


 そんな親父さんから、しかも業務中に俺の進学先を調べるように言われたら、人のいい父さんのことだ、犬のようにパパッと調べて意気揚々と報告している姿が目に浮かぶ......



「そしたらすぐわかったわ。雄二がこの高校に受験するってね」


「でもそのタイミングでわかったんなら、夢子も進路希望提出済みってことだよな?」


「そうだよ。だから雄二と別の高校受験することになっちゃったのよ」



 もう、意味がわからん。


 夢子の話を聞けば聞くほど謎が増幅していく。



「じゃあなんでここにいるんだよ?」


「んー、聞いてもそんな面白くないよ?」


「もったいぶらずに早く教えてくれよ! マジで気持ち悪いんだって!」


「あ。そろそろ式始まるよ」



 イタズラっ子みたいな意地の悪そうな笑みを浮かべて夢子が前を向く。



「あの子可愛くね?」

「うん、タイプかも。俺後で声かけてみよっかな」



 そんな夢子の仕草に騙されたまだ話したことのないクラスメイトの小声が耳に入る。



「相変わらず周りからの印象はいいね、夢子ちゃん」


「まあ性格はあれだけど、ルックスだけはいいからな。幼馴染フィルター越しでも」


「そういうお前も顔だけはいいもんな。ほら、さっきから女子達がお前の事見てるぞ」


「え?」



 和馬があごで指した方を向くと数名の女子と目が合った。


 気まずいのでとりあえずいつも通り愛想笑いを浮かべると、キャッと女子らしい甲高い声を上げて目を逸らされた。



「あいかわず罪な男だねー」


「なにがだよ?」


「夢子ちゃんががああなっちゃうのも、夢子ちゃんだけのせいじゃないと思うよ。あ、夢子ちゃんがにらんでる」


「え? ひぃ! やめろ夢子! いつも言ってるけど、その無表情で睨むの怖いんだって!」


「別に雄二を睨んでる訳じゃないよ」



『ただいまより、入学式を挙行きょこういたします』



 じゃあ誰睨んでるんだよと言おうとした俺の言葉をさえぎって、スピーカーから大音量が流れてきたので口をつぐんでステージの方を向く。



『新入生代表挨拶を行います。総代そうだい秋名茜あきなあかね


「はい」



 少女の返事が、体育館の空気を変えた。



 中学と変わり映えのないつまらない式典。


 生徒の大半が欠伸あくびを噛み殺す、だらけきった空間に一本の糸がピンッと通る。


 腰まで伸びたつややかな黒い髪。


 スッと伸びた美しい背筋はまるで美しい日本人形のよう。


 全校生徒の視線を跳ね除ける、覇気を感じる鋭い視線を携えて、凛とした確かな足取りで少女がステージめがけて歩いていく。



「秋名、茜さん......」


「おいおいどうしたそんなに見つめて。確かにあの子可愛いけど」



 秋名さんから視線を離せない。


 胸が高鳴る。夢子に仕掛けられたドッキリでなった物とは明らかに違う。


 そして、俺はこの感覚を知っている。



「雄二、お前まさか......」


「和馬、俺、あの子に一目惚れしたみたい」


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